「ん...」

身体が温かかった。熱いのではない。温かいのだ。額の上に濡れタオルが乗っている。それはもう大分熱くなっていた。俺の熱を吸い取って(?)くれたのだろう。

起き上がる。俺は部屋着を着ていた。汗もそんなにかいていない。




そういえばどうして俺は部屋着を着ているんだ?それにベッドに寝ている。ご丁寧に羽毛布団までかけられて。玄関で眠るように気を失ってから俺は夢を---内容は忘れたが---見た記憶しかない。

額に手を当ててみる。さっきまですごいだるくて身体が熱かった気がするが、それと比べれば大分よくなっている。

「おい、起きる時は起きるって言えよな」
「あ?」

もぞもぞと隣からジャージ姿のゴリラが這い出してきた。は?なんでゴリラが俺のベッドに────

「はっ!?え、うわあああああああああああっ!!!!」
「うるせえ!騒ぐんじゃねえ」
「な!なんでお前がここに!?」

真冬に冷水を被ったみたいに一瞬で頭が覚醒した。なんで、コイツが、俺のベッドの中に!?

「はあ?覚えてねえのかよ」
「な、なにを!」
「忘れてんならいい。だけどよ、俺をベッドに引きずり込んだのはお前だぜ?」
「そ!そそそそそんなわけあるかスカタン!!!」
「じゃあお前、自分左手が何を掴んでんのか見てみろよ」

恐る恐る布団を剥ぐ。見慣れた手が、これまた見慣れた黒い手を握りしめているではないか!

「なっ...!」
「ガキみてえに駄々こねやがって。にんじんすりおろしっぱなしだぜ。ガキのくせにあんな馬鹿力出すなんて反則だ」

にしてもよく小便漏らさなかったな。あー暑かった。布団を放り投げながらゴリラは言った。

「おい、さっさと手離せよ」
「お、おん...」
「なんだおんって。熱は下がったっぽいな。だけどまだ寝てろ」

ベッドから抜け出しゴリラは無理矢理俺の身体を倒した。そして布団をかけるとキッチンの方へ向かっていった。

「起き上がったりしたら刺す」

本当にこの女ならやりかねない。ので、大人しく言うことを聞いておく。卵を溶きほぐす音と、何かが煮える音が聞こえる。訊きたいことも言いたいことも山ほどあったがどうでもよかった。それよりも今のこの状況が自分にとってあまりにも幸福で...水を差して崩したくなかった。白だしの好い香りがしてきた。

「飯食えるだろ。いや食わせるんだけどな」

キッチンから声をかけられた。腹は減っていたので頷いた。

「あと五分煮たらできる。できたら勝手によそって食え」

じゃあな。ゴリラは出て行こうとした。

「待て!」

立ち上がってまた右腕を掴む。凄い勢いで振り払われ睨みつけられる。

「刺すって言ったの、忘れたか?」
「いつまでとは言われてない」
「言うようになったじゃねえか」
「帰んのかよ」
「こう見えても俺は忙しいんでね」
「嘘つけ。今日は一日暇だって言ってただろ」
「お前、一々人の話覚えてるなんて気色悪いぜ。それに俺が帰ったところで、お前にとって都合の悪いことがあるか?」
「...ないけど」

ある。そう言いたい。だがもしそれを言ったら、どうなる?『何が都合悪いんだ』と訊かれて。そしたら────

「フン、まあいい。飯食ってるところくらい見届けてやるよ」

女は火を止めにまたキッチンへ戻った。鍋に入った雑炊を皿に取り分けている。

「おい、病人は布団ん中入ってろ」

素直に言われた通りにする。女はレンゲを持ってベッドの横に座った。

「熱いから気をつけて食え」

そう言ってひと口掬われて差し出される。俺は目を瞬かせた。女は女で「早く食え」と言ってくる。抵抗がかなりあったが、大人しく従うことにした。

「あち!」
「言っただろうが」
「でもうまい」
「当たり前だろ」

また差し出される。今度は息をふきかけて少し冷ました。そしてまた口の中に入れられる。

「うまい」
「それしか言わねえな」

ひとりで食ってろ。そう言って皿ごと渡してくる。思ったより器が熱かった。これをこの女は持っていてくれたのか。

「飲め」

ポカリスエットを投げ渡される。皿にぶつからないように慌てて空中でキャッチした。

「あ、あ...?」
「カオナシかおめえは」

またベッドの傍に座ってくれた。なんとなく安心してポカリを飲む。そしてまた食べる。飲む食べる・・・

「お前ほんとに病人かよ」
「うまいんだからしかたない」
「そーかよ」
「なんで俺が玄関で寝てたかとか訊かねえのか」
「予想がつくからいい」
「言ってみろよ」
「大方酒飲み過ぎてごみ捨て場で眠りこけてたんだろ。そんで朝の大雨で起きて、家に帰ったら具合悪くなって倒れて寝た。違うか?」
「...監視カメラでも使ったのか?」
「少し頭使えばそれくらいわかる」

唇をトントンと叩いた。嫌にセクシーで困る。そういえば今日コイツは煙草を吸っていないな。他人の家だから気にしてるのか。まさかだろう。前来た時はばかばか二箱くらい吸っていた。じゃあどうして今日は。

「まだ食い終わんねえのか」
「うまい」
「は?日本語通じねえな」
「煙草吸わなくていいのか?」
「ガキの前じゃ吸わねえ」
「俺はガキじゃねえ!」
「うっせえ」
「灰皿持ってくるか?」
「いらねえよ」

あー口が寂しい。唇で音を生み出し始めた。一定のリズムで鳴る唇が艶かしい。

「だから、吸うなら吸えよ」
「禁煙しろっつってたのお前だろ」
「!」
「は、自分で言ったこと忘れてんなよ」

最後のひとくちを飲み込んだ。それを見て、女はまた立ち上がった。

「じゃあな。洗いものくらいできるよな」
「おい」
「なんだ?また待てか?俺は犬じゃねえから言うことは聞かねえよ」
「...ありがとな」
「は?」
「...世話になったって言ってんだ。正直あのまま玄関で寝てたら、と思うと、怖えから」

ゴリラは鋭い目を丸くした。こんなとぼけた表情初めて見た。そして俯いた。

「?どうしたんだよ」
「...いや、別に」

顔を手で覆い隠す姿を珍しく思いながら見つめる。ゴリラは何かぶつぶつ呟いたかと思ったら「ふん!」と顔を上げた。その顔は心なしか赤い。

「貸一だ!クソッタレ!!」
「...なんだお前、照れてんのか」
「はあ?!照れるわけねえだろ」
「嘘だ。顔赤いぞ」
「こんな黒いのに赤いもなにもあるか!」
「へえ...なんだよ。照れちまってんのか」

今度は腕で顔を隠す。さっきよりも色が濃くなっているような気がする。

「まじやめろ...」
「お前にも照れるとか、人間らしい感情あんのな」
「ああ?殺されてえかよ」
「いや?それよりも腕どけろよ。顔が見えねえだろうが」
「見てなんの得になんだよ」
「目の保養」
「何言ってんだ?」
「めんどくせえ。つべこべ言わずに顔見せろ」

構えられている腕を掴んでぐいーんと横に広げた。暴れ回りそうだったから壁に身体を押し当てて身動きを取らせない。

「悪ふざけも大概にしろよ」

高さが同じくらいだから顔がよく見える。普段はコイツの方がデカいが、ちょっと屈んでいるから今は俺の方がデカい。上目遣いで睨みつけてくる瞳がたまらない。

「悪趣味だぜ」

銀色の鼻ピアスが蛍光灯で反射し、チープな光を放っている。唇に薄く引かれた紅がなんとも肉欲的だ。

「お前、そういえば料理できたんだな」
「そ、りゃあひとり暮らしだからな」
「うまかった」
「あんなもん適当だ」
「でもお前もうまそう」
「...お前、なにいって、」

腕を解放する。そしてとぼけた顔をしている女の頬を手で包み込んだ。コイツ、ガタイ良いくせに、顔ちっせーんだよな。整ってるし。いつものいかにも危ないヤツの表情止めれば、色んなヤツらから声かけられるんだろうな。だが、そんなことを俺は望んでない。コイツのことをかわいいと思うのは俺だけで良い。良いのだ。

ふに

あ、やわらかい。薄いからそうでもないと思ったのに。いやでもこれはこれで・・・

「な、な...!」

何しやがる!!!!死ね!!!!!!

俺は久しぶりにコイツの怒鳴り声を聞いた。そしてはじめましての金的蹴りを喰らわされた。まあ、死ぬ程度ではなかった。少しズレたし。しかしはちゃめちゃに痛かった。性別が変わっちまったのかと錯覚するくらいには。まあ、死ぬ程度ではないのだが。

死ぬ程度では。

死ぬ程度では、だ。


「地獄でまた眠れ!カス!!」

俺はその声を聞いて、昨日と合わせて何度目かのブラック・アウトを味わったのであった。でも、アイツに眠らされたと考えれば、とても良いものかもしれないと思った。



         完




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