「待たせたな」
「...三時間もな!」

会って一秒で怒鳴りたくもないが、この女は本当に時間にルーズすぎる。否、時間だけではない。

「そう怒んな朝からうるせえ」
「もう二時だ!」
「二時が朝なんて誰が決めたんだ?まあそんなことよりさっさと飯奢れ」
「いつも割り勘だって言ってるだろうが!!!」
「ンなこと言ったって金持ってきてねえ。そういうことはもっと早く言え」
「だから!!前にも言っただろうが!!!!」

俺が怒鳴っているのを全く気にせず煙草に火をつける。つい昨日禁煙すると言っていたばかりなのに。それにここは路上喫煙禁止エリアだ。

「ああ...もう!」

何を言ってもこのゴリラ女は聞かない。人間としての倫理観とか、道徳観とか、そういうのがぶっ飛んでいるのだ。過去の境遇からしたら仕方ないのかもしれないが、少しくらい直してくれたっていい。いいはずなのだ。それなのに、それなのに!

「おら、今日は何食わせてくれんだ」
「...」
「リクエスト待ちか?なら牛丼がいい」

俺がいくら尽くしたところでコイツは俺の言うことなんて聞いてくれない。それなら投げ出してしまってもいいはずなのだ。だが俺にはそれができない。

「.........そのかわり、煙草やめろ」
「悪くねえ取り引きだな」

ゴリラは手で握り潰して火を消した。そしてぺろりと唇を舐めた。

「わかった。やめてやる」
「...前も聞いたぞ、その言葉」
「覚えてねえな」

目を閉じて笑う。その顔も言い方もなにもかもが俺を苦しくさせる。

「じゃ、連れてってくれよ。タクシー止めるか?」
「歩きに決まってるだろうが!」

ポケットに手を突っ込んでゴリラは歩き出す。長い足をアディパンが包んで、アイツの足をさらに綺麗に見せた。俺はその後ろ姿を唇を噛みながら見つめていた。

「?おい。どうしたんだよ」
「なんでもねえよ!」


ああ、クソッ!認めたくない。認めたくないが---俺はこのゴリラ女に、恋を、している。




.


「えーっ!まだ伝えてないの!?」
「...うるせえ」

俺のこの、行く宛てのない恋心は日を経るごとに増えてゆく。溜まり過ぎると溢れそうになるから、こうして幼馴染みの女に話しを聞いてもらうのだ。今日の相談料は巨大・ハイカロリー・パンケーキだ。

「宇田川くんもさ、長瀬さんはともかくとして、いいかげん私に相談料払うの嫌でしょ?せっかくだったら長瀬さんに全部お金つかいたいでしょ??」
「う...」
「早く想い伝えちゃいなよ。まあ、玉砕だと思うけどね」
「お前がそんな風に言うから伝えられないんだろうが!!!」

慎ましく叫べば幼馴染みの女はくすくす笑ってパンケーキをひとくち食べた。そういえばあのゴリラはこういう甘いモンを食いたがらない。好みじゃないのか、それとも知らないのか。

「まあね、私に言えるのは、早く長瀬さんに意識してもらえるように大人になりなさいって話。長瀬さん頭良くて英語も喋れるスーパーウーマンなんだからさ。ちょっとでも追いつかなきゃムリだよ」
「ぐぬ...」
「別に宇田川くんも頭悪いわけじゃないんだから。ただ長瀬さんに比べて教養が少ないだけ。まあ長瀬さんが物知りすぎるんだけど!男性は内面から磨きなさいって、誰かが言ってたわ」

俺は席を立つ。そして金を置く。幼馴染みはバイバイと手を振った。それに片手で答えて店を出た。



秋に踊る町模様を眺めながら歩く。そういえば最近寒くなってきた。あいつにマフラーでも買ってやるか。いやでもアイツには必要ないか...。寒空の下ウインドウ・ショッピングを楽しみながら息を吐く。はあ、俺だってこういう所をアイツと一緒に歩きたい。前の手を繋いで歩いているカップルを羨ましく思う。でもアイツは付き合っても手なんて繋いでくれなそうだ。喧嘩ばっかしてんのに細くて長い指。俺はあの手が好きだ。少しカサついている、あの手が。去年の冬にハンドクリームをやったが、使われている気配はない。だがそれでもいい。どっちにしたってアイツの手は美しいのだ。


カフェでコーヒーを一杯買った。そしてすぐ近くの公園のベンチで休もうと思った。さっき食べた甘ったるいパンケーキの味が残って少し嫌だから、それを消したい。あと胃がムカムカしている。

「ん?」

お目当ての公園にたどり着くと、そこにはたくさんの子どもと---

「あ、あっ!」

アイツがいた。ソフトモヒカンのこげ茶の髪。真っ黒のヘッドフォン。派手過ぎる赤のジャケットに真っ白なスウェット。それに季節はずれのビーチサンダル!あんなちぐはぐな格好が似合うのなんて、男女あわせたってアイツしかいない。

「何してんだアイツ...!」

幼児虐待か、それとも---誘拐か!俺は飛び出そうとした。が、子どもたちはみんな笑顔でアイツの周りをうろちょろしている。会話の内容までは聞こえないが、笑い声だけは聞こえてくる。


こんなアイツを見るのは初めてだ。気づかれないようにそっとベンチに座る。帽子を深めにかぶってサングラスをかける。これじゃあ俺が誘拐犯だ。だがアイツも子どもも、俺のことなんて全く気にせずに遊んでいる。

「あ」

煙草を、吸っていない。超弩級ヘビースモーカーのアイツが。結局牛丼を食べている最中アイツは煙草を吸い始めたのだ。やめろと言ってもやめなかった。俺は諦めて自分の牛丼を噛みしめていたのだ。

そのアイツが、煙草を。


子どもに囲まれたアイツはどんな顔をしているのだろう。ここからじゃ表情は見えない。それにサングラスのせいで尚更見えない。
顔の角度を変え、サングラスをギリギリまでずり下ろして、目を狭めて睨みつけるように見つめる。だがしかし見えない。だってアイツずっと後ろ向いてんだもん。さっさとこっち向けよ。こう言ってるうちはなかなか思い通りにならないのであることを、この人生で俺は学んでいるのだ。だからまあ気長に待つとしよう。向け、向け、向け、向────

俺はベンチから滑り落ちそうになった。なんとか背中で食い止める。起き上がろうともしないで俺は阿呆みたいに凝視。

あ、うわ

「笑ってる...」

なんだあのスマイルは。あの女のあんな笑顔見たことない。いつも何か含んだように口角を上げて俺を小馬鹿にしてくるような、あるいは俺が怒るとくつくつ下を向いて笑うような、そんなのとは全く違う。えくぼを作って目を下げて、歯を出して笑っているのだ。本当に楽しそうに。

か、かわ・・・

「落ち着け俺!!!!!!」

素直にそう思った自分をすぐ戒め、まだ残っているコーヒーを持って飛んで帰る。


頭の中で歌が流れた。いつかアイツと我が家のテレビで聴いた歌だ。サビの部分が紅葉のように鮮やかに色づき流れている。

〝また君に恋してる〟
〝今までよりも深く〟

「〜〜ッ!!!あーーーーッ!クソっ!!!!クソッタレ!!!!!」

そんな汚い言葉遣いしちゃだめだよ。耳元で幼馴染みの声が聞こえた気がした。



┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


2019.10.02.

about

・当サイトは、女性向け二次創作小説サイトです。
・原作者様、出版社様、関連会社様とは一切無関係です。
・BL(ボーイズラブ)要素を含みます。
・小説の中には、女体化が多く含まれております。
・転載、複製、加工、及び自作発言は絶対にお止めください。