この恋から逃げ出したい。だって抱えちゃいけない想いだから。
そんな願いも虚しく、今日も僕はあなたに恋をする。





「進さん、久しぶりです」
「小早川、か。」
「もう、『セナ』って呼んでくださいよ。なんか他人行儀じゃないですか」

進さんの隣に並び走る。進さんからはいい匂いがする。落ちつく匂いだ。それは始めて会った日から変わらない。

「進さん。大学はどうですか?」
「高校の時とあまり変わらない。」
「そっか。エスカレーターですもんね」
「ああ。だが高校の違う友人ができた。友人と呼べるのかはわからないが。」
「へぇ、お昼ご飯とか一緒に食べたりするんですか?」
「お互いの都合が合えばな。」

僕と走る時進さんはスピードを緩めてくれる。進さんは大人だなあ、といつも僕は思う。かっこいいなあ、とも。

僕は進さんに恋をしている。進さんは僕の1個上の先輩。名前は進清十郎。名前負けしないくらい進さんはかっこよくて、僕の憧れだ。高校は違ったけど、進さんからは色々教えてもらった。アメフト関連のことが多いけど、勉強とか料理とか...恋心、とか。
恋なんてしたことがなかった。だけど進さんをひと目見てから僕はもう進さんの虜になってしまった。〝恋〟という感情なんて知らなかったけど、間違いなく進さんに抱いたこの気持ちは恋だと思った。それからドキドキはどんどん膨らんで、毎日進さんのことばかりを考えるようになった。始めて対戦した時なんて本当に心臓の動き過ぎで死ぬんじゃないかと思ったほどだった。四年経って色々なことがあった今は、さすがにそんなこともなくなったけど。でもだけど、やっぱり進さんに会うと胸が苦しくて切なくなるのだ。

「だが、普段はやはり、桜庭と食うことが多い。」

色々。色々だ。色々、色々。

「そう、なんですね」

フードで顔は隠れているが、今の進さんは笑っている。声のトーンだって何も変わっちゃいないけど、僕にはわかる。

「桜庭、さんと仲良しですよね。何年目でしたっけ?」
「もう四年...いや、三年になる。早いものだな。」
「一緒に住んでるんですよね。家事当番とか決まってるんですか?」
「ああ。掃除や洗濯は桜庭で、それ以外は俺がやっている。」

そう言って進さんは「む。」と呟いた。「どうしたんですか?」と訊けば「すまない。間違えた。」とパーカーの紐を指に巻き付けた。

「?なにを、」
「また自分のことを〝俺〟と呼んでしまった。小早川といるとどうしても間違えてしまう。」
「は...き、気にしないでいいですよ。ハハ、」
「むう。桜庭の前なら間違えないのだがな。」

進さんは名前こそ男性のようだが────れっきとした〝女〟なのだ。そして、

「きっとこれも、お前が一番話しやすい身近な女だからなのだろうな。」

...僕もまた、れっきとした〝女〟なのだ。









「少し話さないか。」

進さんの提案で僕たちは近くのさびついた公園に向かった。もちろん走って。公園にはやっぱり誰もいなかった。ベンチに腰を下ろすと、進さんは被っていたフードを取った。

「わ、進さん髪伸びましたね」
「む。桜庭と交際を初めてから伸ばしているからな。」
「じゃあ三年くらい伸ばしてるんですね。それにしては短いような...」
「...父に似て髪の伸びが遅いのだ。」

進さんは珍しく不機嫌そうに声を低めた。苦笑いをすると「笑うな。」と怒られた。「笑ってませんよ」と返せば「む、すまない。」と逆に謝られた。

「でもすごいつやつやですね。」
「髪質や髪色は父に似てしまった。」
「そうなんですか?へぇ、進さんのお父さんかぁ。会ってみたいなー」
「私に似てつまらない父だ。母と弟は底抜けに明るいが、な。」
「え!?進さん弟さんいるんですか!?初耳です...!」
「ああ。私とは全く似ていないが。それと兄もいる。兄は私たち寄りかもしれない。」
「意外すぎる...」
「うむ。確かに誰にも話したことがなかったな。」
「え?桜庭さんにも?!」
「ああ。」
「...桜庭さんには黙っておいた方がいいですよ」
「?なぜだ。」

本当は桜庭さんの知らない進さんのことを自分だけの内緒にしておきたいからだ。だけどそんな風にはもちろん説明できない。

「ほ、ほら、なんかドッキリ?みたいなのに使えるかもしれないじゃないですか!」
「...よくわからないが、とりあえず言わない方がいいのか。小早川が言うのなら間違いない。」

進さんが盲目的に僕を信じる人でよかったが、一体なぜこんなにも僕は進さんに全肯定されるのだろう。思い当たる節が全くない。

「でも、ほんと黒くて綺麗です。進さんの髪」

わ、しかもさらさらだ。

進さんの少し汗でしめった髪を触る。指をくぐせばするするとすり抜けてしまう。僕のくせっ毛とは大違いだ。

「...小っ恥ずかしいものだな。人に髪を触られるというのは。」
「わあぁ!!ご、ごめんなさい!勝手にさわっちゃって!!」
「かまわん。」

そう言って進さんは目を閉じた。...気持ちが良いのだろうか?なんだか今の進さんは猫みたいだ。首もとを撫でればごろごろと鳴きそうである。

「先日、ようやく桜庭に髪が伸びたことを指摘された。」
「あ、前会った時言ってましたね。桜庭さんが髪のこと何も言ってくれないーって」
「ああ。自分から伸ばせと言ったくせに。」
「あはは...」
「だが似合うと言ってくれた。面倒だと思っていたが...少し、嬉しかった。」
「...ふふ、幸せそうですね。」

妬けちゃうなあ、と呟いてみる。だけどどうやら進さんには届かなかったようだ。自分の髪をさわりながら進さんは「幸せ、だな。」とすごく早口の小さな声で言った。

「だが、ここまで伸ばせたのは、一緒に伸ばそうと言ってくれた小早川のおかげだ。」
「!」
「ありがとう。お前はかなり伸びたな。きっと邪魔なことだろう。しかしとても似合っている。」

...進さんのこういうところ、すっごくずるいと思う!ああ、この恋に終止符を打たせたいのに中々進さんは打たせてくれない。ずっと無限に私のことをときめかせてくる。

「そ、そんな...ふへへ、う、嬉しいです...」
「小早川の髪は毛糸のようでさわると気持ちが良い。」
「う〜!く、くせっ毛なんですよ...ストパかけても良くならないし...あーあ、僕も進さんみたいな髪が良かったなあ」
「む。何を言うか。それならば私だって小早川のような髪が良い。毎日心地良さそうだ。」
「全然!!乾かしづらいしゴミはしょっちゅうつくし絡まるし、ピットの爪に引っかかると毛が何本もぬけちゃうんですよ!?」
「それでも私はそのさわり心地の良い髪を羨ましく思う。あまりの心地良さに、この前お前と別れた後、毛糸の売っている店に行って、お前の髪質と似ているものを探したのだ。」

進さんは大真面目な顔をして言い切った。なんだかおかしくなっちゃって、僕は大声で笑ってしまった。進さんは「何がおかしい。」と首を傾げている。
ひとしきり笑い終えると、僕は息も絶え絶えに声を絞り出した。

「僕たちって、ないものねだりですね!前もこんなこと話しましたよね」
「そうだったな。確か、そうだ、」
「「日焼けの話。(!)」」
「懐かしい!夏...昨年の夏の話ですよね?」
「ああ。海に行った時だった。偶然王城大の合宿地にお前と雷門太郎がいたのだったな。」
「そうですそうです!あの時はほんとにびっくりしました!なんでいるのー!?って!」
「それはこっちのセリフだ。東京から随分離れていたのに。」
「随分って言っても千葉ですよ。まあ、自転車で言ったので、すっごく遠かったですけど」
「!自転車であそこまで行ったのか。」
「はい。もうすっごく疲れたのなんのって...1日と16時間かかりました」
「アメフトは。」
「あはは、僕もう引退してましたよ。受験勉強の息抜きにーってモン太と計画立てたんです」
「...そうか。受験生だったのか。だがあの時お前たちは何か勉強道具を持ってきていただろうか。」
「い、息抜きですから!い・き・ぬ・き!!!ね!?だからいいんですよ!」
「確かに休息は大切だな。」
「はい。すっごく大切です。まあ、次の日の朝ヒル魔さんに見つかって二人で死ぬほど怒られたんですけど...」
「!見つかったのか。」
「はい...モン太が調子に乗ってSNSに上げちゃったから...もうほんっっとに大変だったんですよ。いきなり朝ドアノブがガチャガチャガチャガチャ!!!って超高速で動いてなんだなんだ!?って飛び起きて。恐る恐るドアを開けたら...『YAーーーーHAーーーー!!!!』ってヒル魔さんが...!」
「王城はもういなかったからな。そのことは知らなかった。」
「もうほんとめちゃくちゃ怖かったんですよ!銃乱射して怒鳴って...」
「想像がつくな。」

進さんは僕の髪をさわり始めた。とくんと心臓が揺れる。幸せだと思う。僕の幸福は進さんの傍にいることだ。進さんにとってのそれは違うのだろうけど。

「そういえば、蛭魔妖一とはどうなのだ。仲良くしているか。」

ふと手を止めて進さんはそんなことを訊いてきた。思わず僕はヒュッと息を飲んでしまう。

蛭魔妖一────ヒル魔さんは、僕の恋人である。高校の時の先輩で、僕にアメフトを教えてくれた人だ。何を考えているのかさっぱりわからなくて(だけど恐ろしいことを考えているのはわかる)かなりおかしな人だけど、意外と優しいところもあったりして、僕は好きだ。...だけど、この好きは進さんの好きとは、違う。ヒル魔さんには悪いけど、僕はヒル魔さんに恋をしていない。偶然に偶然が重なり、その偶然が偶然を引き起こして今、恋人という括りになっているだけなのだ。手を繋いだしキスもした。その先もしたけど、僕は彼にときめかない。だって僕は進さんが好きだから。

「あ、あはは。ぼちぼち、ですかね」

曖昧に笑うことしか僕にはできない。進さんに嘘はつけないし、つきたくもないし。

「小早川は蛭魔妖一が恐ろしくはないのか。高見さんでさえ怖いと言っていたのに。」
「へぇ、そうなんですか?意外だなあ。高見さんにも怖いものあるんですね」
「それならば蛭魔妖一はどうなのだろう。怖いものはあるのだろうか。」
「うーーーーーーーん............ない、んじゃないですか?訊いてみたことないんですけど...」
「確かに。怖いものなど無さそうだ。」
「今度訊いてみますね」
「安易には答えなそうだがな。」
「おっしゃる通りで...」
「で、恐ろしくないのか。蛭魔妖一のことが。」

話題を逸らしたつもりなのに、進さんは意外にも食いついてきた。こんなこと聞いて何が楽しいんだか。いや、ただ単に興味深いだけかもしれない。

「たしかに怖い時もあります。恐ろしさは常にですけど。だけど、それは僕がオーバーワークをした時とか、帰りがすっごく遅くなっちゃった時とかだけです。それ以外では勉強教えてくれたり、ご飯を作ってくれたりして、優しいですよ」
「...」

進さんは黙り込んだ。変な話をしてしまったのだろうか。おそるおそる進さんを見上げたのと、進さんが「まて。」と叫んだのは同じタイミングだった。

「ど、どうしたんですか!?」
「小早川、お前蛭魔妖一と同棲しているのか。」
「え、ええ。今年から、ですけど...」
「そうだったのか。知らなかった。」
「あれ?僕進さんに言ってなかったでしたっけ?!」
「初耳だ。だがそれは今はいい。小早川、本当に大丈夫なのか。」
「は、はい?」
「蛭魔妖一と二人きりになると内臓をくり抜かれて絨毯にされてしまうんだろう。」
「!?」
「そしてその内臓はうらおーくしょんとやらで高値で取り引きされる、と聞いた。」
「な、なんですかその馬鹿げた話は!いつ聞いたんです!?」
「高2の日本代表でアメリカにアメフトをしに行った時だ。」
「誰に!??」
「桜庭だ。」

ズコーっとベンチから滑り落ちてしまった。「大丈夫か。」と進さんは全く心配してなさそうな抑揚のない声で訊いたあと、僕のことを起こしてくれた。

「桜庭さんから聞いたんですか!?」

僕は感謝の言葉も述べずに進さんに問いただした。進さんは相変わらずクールな表情で「ああ。」と頷いた。これを大真面目に言っているんだから笑ってしまう。さっきと同じ流れだ。僕は死にそうなぐらい笑う。

「...何故笑っている。」
「いや!!!だって、そんな...!いくらなんでもそんなのに騙されないでくださいよ!!!たしかにヒル魔さんならやりかねないですけど!でもそんな有り得ないですってば!!」
「!では、私は騙されたのか。」
「そうですよ!!!」

あーおっかしい!と涙をぬぐえば隣からは黒いオーラを進さんが放っていた。

「あ、あれ?進さん...?」
「桜庭に嘘をつかれていたのか、私は。」
「え、あ...」
「気づかなかった。」

進さんは怒っている(それも激怒している)ようだった。

...もしかしたら、これはチャンスなのかもしれない。ここで僕がひと押しすれば、ふたりの仲が拗れて、今までのふたりの関係の中で、最も悪いものになってくれるかもしれない。これはきっと、空の上の偉い人がくれた絶好の機会だ。

「...」

だけど、僕にはここでひと押しできるほどの勇気はない。桜庭さんと進さんの関係が悪化して離れるようになれば、どうしたって悲しむのは進さんなのだ。僕の力じゃ、残念だけど進さんを笑顔にすることはできない。それを僕は痛いほどに承知している。
僕には進さんじゃなきゃだめだけど、進さんは桜庭さんじゃないとだめなんだ。悔しいけど。わかってる。わかってるよ。

「悔しい。」
「へ?」
「悔しい。桜庭ごときの嘘を見抜けなかったことが腹立たしい。」
「あ、そっち...」

なーんだ。進さんは怒っていなかった。桜庭さんには。どうやら自分を戒めているようだ。よかった。邪な考えを振り払うと僕は無邪気に笑った。

「どういうシチュエーションでそんな嘘つかれたんですか!」

そう、わざと明るい声を出して訊いてみる。進さんは僕のうざったい悩みに気づかずに「しちゅえーしょん...?」と呟いていた。

「状況のことですよ!しかもなんで進さんも騙されちゃったんですか!?」
「ああ。確かあれは、私が蛭魔妖一に用事があり、夜部屋を訪ねようとしたのだ。その時桜庭にどこに行くのかと訊かれたから、蛭魔妖一の部屋だ、と言ったら酷く慌てた様子でそう言ったのだ。結局蛭魔妖一の所には行けなかったが...まあ、あまりにも必死にそう言ったから嘘だとは思いつつもなんとなく信じてしまったのだ。」

なるほど、ね。ああ。そうか。

「どうして桜庭は嘘をついたのだろうな。」
「...」
「わかるか。私にはわからない。」

わかりましたよ。わかります。もし僕があなたの恋人でも、同じ嘘をつきましたよ。

「お前にもわからないか。」

進さんは特に感情を込めるでもなく淡々とそう言った。

「桜庭の考えることは理解に苦しむな。」

そう言って寂しそうに口元を緩めた。その表情を見た瞬間、自分でもびっくりするくらい進さんのように淡々と言葉を述べていた。

「わかりますよ」

進さんは驚いた顔をした。僕だって驚いた。言うつもりなんてなかったのに。だけど顔にはその感情は出てこない。その代わり言葉がすらすらと出てきた。

「桜庭さんはきっと、進さんを桜庭さん以外の男の人と二人っきりにさせるのが嫌だったんですよ」
「む...?」
「だってほら、万が一にでも万が一なことがあったら、大変じゃないですか」
「...難しいな。」
「えーーーーと!要は独占欲ですよ、独占欲!桜庭さんは進さんに他の男の人の所に行って欲しくなかったんですよ!自分の傍にいて欲しかったんですよ!目移りされるなんてもってのほか!そう桜庭さんが思うのは、もちろん進さんのことが大好きだから」
「!」

パァァァ・・・!と効果音がつきそうなほど進さんの負のオーラが浄化された...ように見えた。実際進さんは笑顔になったわけではないし、背筋が伸びたわけでもない。背筋は元から伸びているし。ただ、目に光が灯ったというかなんというか。とりあえず、進さんは今非常に嬉しそうだ。

「進さん、桜庭さんに愛されてますね」
「うむ。どうやらそうだったようだ。...疑ったりして、悪かったな。」
「それ、本人に直接言ってくださいよ」

それもそうだな。と、進さんは頷いた。

「家に帰ったら言ってみる。」
「僕の名前出さないでくださいよ」
「む。何故だ。」
「恥ずかしいからです!」
「なるほど。善処する。」

辺りもだんだん暗くなってきた。一体何分くらい進さんと共にいるのだろう。沈みゆく太陽を見ながらそんなことを考えた。だが考えてわかるものではない。

「小早川とは話が尽きないな。話しても話しても全く足りない。」
「僕もですよ。進さんとずっと喋ってたいです。たまにご飯を食べて、アメフトをして、お風呂に入って、一緒のベッドに入ってまたおしゃべりするんです」
「いつまでたっても寝られなそうだ。」

それを毎日できる桜庭さんが羨ましいな。もし僕が男だったら(もしくは進さんが男だったら。両方男でもいいんだけど)桜庭さんじゃなくて僕が進さんの隣にいれただろうか。

「?どうした。」

なんて、そんなこと訊けないけど。

「なんでもないですよ」
「それならいいが。」

黙った僕を進さんは訝しげに見つめてくる。進さんの顔が近くにある。急に恥ずかしくなって顔を逸らしてしまう。

「む。どうして顔を逸らす。」
「い、いえ!特に深い意味はありませんよ。ハハ...」
「そうか。」

くしゅん!と進さんがくしゃみをした。見ると少し震えている。季節は春だが、夜はまだ寒いのだ。

「!だ、大丈夫ですか!?」
「少し冷えただけだ。気にするな。」
「いや!大丈夫じゃないでしょ!?僕進さんのくしゃみ初めて聞きましたよ!」

太陽が沈んで気温が下がってきたのだ。それに進さんは僕よりもはるかに汗をかいていた。無理もない。僕が来るまで進さんはものすごいスピードで走っていたのだから。そりゃあ疲れるし、汗をかくに決まっている。

「と、とりあえず!これ小さいかもですけど...いやこれ小さすぎて進さん着られないや。いいや!これ首に巻いといてください!マフラー代わりです!」
「む、それでは小早川が半袖になってしまう。これは受け取れない。」
「大丈夫です!僕の部屋ここから近いんで!それに走れば温かくなるし!!」
「しかしそういうわけには、」
「それよりも僕、進さんが風邪ひいちゃう方が心配です。かわいい後輩に心配かけちゃっていいんですか?」
「むむ...」
「あと!!また会える口実になるじゃないですか!これを返してもらうついでにまた走りましょう!」
「!」

進さんはやっぱり悩んでいるようだったが、やがて頷き「では、ありがたく貸してもらうとしよう。」と、素直に首に僕のパーカーを巻き付けた。

「小早川は、優しいな。」
「そんなことないですよ!あたりまえのことをしたまでです」

進さんは「温かくなってきた。」と呟いた。

「私も、お前のような優しい人間になりたいな。」

僕はプッと吹き出す。

「何言ってるんですか!僕よりも進さんの方が優しいですよ。盗まれたお金を取り返してくれたり、アメフトのアドバイスを敵の僕に教えてくれたり...あと、今日だって僕と走ってくれた時も、足の遅い僕を気遣ってスピードを緩めてくれたり!!」
「...?速さが、遅くなっている。」
「え?は、はい」
「...」

進さんは少し考え込んだ。そして少し頭をかいた。

「小早川と走る時、スピードを緩めているつもりは全くなかった。」
「え?」
「むむ...おそらく、だが。きっとお前と話すのが楽しいから、スピードが遅くなってしまうのだろう。」

進さんはそう言って伏し目がちに笑った。心がほわりほわりと温かくなるのがわかる。頬が柔くなるのがわかる。僕は嬉しくなってまぬけに笑ってしまった。

「そ、そうでしたか...えへ、えへへ、すいません」
「む、どうして笑っている。」
「進さんだって笑ってるじゃないですか」
「む。これは、そういうのじゃない。」
「どういうのなんですか!」

二人で笑いあってしまう。わけもなく進さんと笑うのが、僕は大好きだ。ああ、この時が永遠に続けばいいのに。僕はいつも進さんと居るとそう思う。

「小早川といると、いつも笑ってしまう。」
「桜庭さんといても笑わないのに、ですか?」
「ああ。桜庭といても笑えないのに、だ。」
「それなら、」

僕と一緒に暮らしましょうよ。僕なら毎日あなたのことを笑わせられるし、楽しませられる自信があります。

そう言えたら、どれほど幸せだろう。でも、これを・・・この想いを言っちゃったら、もう一生進さんに会うことはできないのだろう。そんなことを僕は望んでいない。

「?どうした。」
「...いえ!進さんもなかなか酷い人ですね!」

これは二重表現、だ。この意味を進さんは一生わからなくていい。むしろわかって欲しくない。

「...だが、」

進さんはひとつ息を飲んだ。そして幸せそうに微笑んだ。

「桜庭には、一生飽きないんだろうと思う。桜庭の冗談は私にとって面白くないし、笑えもしないが、桜庭といると、楽しい。」

なんだか恥ずかしいな。と進さんは照れくさそうにそっぽを向いた。...悔しいけど、桜庭さんには勝てないんだな。僕は。それこそ一生をかけても。

「じゃあ!僕帰りますね!」

嫌な悩みを抹消したくて、(まあそんなことできないんだけど、)僕は大声で言った。進さんは少し寂しそうな顔をして「そうか。」と言った。

「もう行ってしまうのか。もっと話がしたかった。」

進さんは拗ねたように唇を尖らした。この表情、初めて見たな。桜庭さんがよくやってる顔なのかな?きっとそうなのだろう。

「じゃあ、今度試合見に行きましょうよ。それでそのあとはショッピングして、どこかファミレスに寄って、たくさん話をするんです。ちょっと楽しそうじゃないですか?」
「!名案だな。丁度小早川に服を見立ててもらいたかった。楽しそうだ。」
「ふふ、桜庭さんに見てもらえばいいのに」
「桜庭の選ぶ服は私の好みに合わん。」

顔をしかめてため息をつく。本当に服の趣味が合わないんだろうな。

「じゃあ、もう少しで学園祭があるので来てくださいよ。そこでちょっと話し合いしましょう」
「炎馬の学園祭、か。桜庭も行きたいと言っていたな。」
「...桜庭さんは来なくてもいいんですけど」
「?何か言ったか。」
「いえなんでも!!!そういえば、モン太もリクも進さんに会いたがってますよ。だからぜーーーったい来てくださいね!」
「了解した。」

それじゃあ!僕はマンションに向かって走った。進さんは手を振っている。もちろんいつもの仏頂面だけど。遠ざかるにつれてやっぱりいつもの感情が込み上げてくる。その苦い感情を押し殺して、進さんに向けて思い切り笑う。だけど進さんの仏頂面にはとても敵わない。...ああ畜生!かわいいなあ!

「進さん!」
「どうした。」

僕が叫ぶと進さんも少し大きめの声で言った。

「次会う時は!『セナ』って呼んでくださいね!!!」

進さんは少し驚いたような顔をした。だけどすぐ微笑んで「わかった、小早川。」と言った。これも進さんなりのジョークなのか、はたまた本気なのか。こればっかりはわからない。わからないけど、なんだか笑いがこみあげてきた。


僕が一生を費やしても勝てないのは、やっぱり進さんなのかもしれないな。だけどでも、それならまあまあいいかもしれない。




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■あなたが幸せなら、ね


セナ進セナ。まさかの百合。これはベリーブルーの番外編的なやつです。進さんせなちゃんといるとめっちゃ喋る

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・原作者様、出版社様、関連会社様とは一切無関係です。
・BL(ボーイズラブ)要素を含みます。
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