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 休日の頼りはインターフォンだった 自分の、ではなく彼女が住む家の。信頼の非常ボタンを押せば彼女はすぐに顔を出して、引っ込める。猫みたいなかわいい仕草に微笑むのにはいくらか時間が過ぎすぎていた。彼女が出てきた扉からお邪魔しますと中に入る。廊下の奥で彼女の影が動く、それが別の部屋に移る。自分は影を追ってその部屋に入った。古風なおぼんに清潔なグラスが乗っていた。

「早かったな」
「うん、早く用事終わらせて来たんだ」

 嘘いち やるべきことをやらずに来たのだ。それを終わらせる猶予はまだ先だったし、後の自分が頑張れば良い。何も疑っていない様子で彼女は頷く、この頷きの意味を自分は分かりかねる。

「麦茶で良いか」
「もちろん!何も飲んで来なかったから喉カラカラなんだ」

 嘘に カラカラと言うほどではない。貰えたら嬉しいな、あと三十分したらお金出すかな、くらい。彼女は俺の嘘なんて全く気づかずキッチンへ戻る。麦茶がなみなみ入ったガラスボトルを持って来てひとつのグラスに注ぎ、俺の前へ出す。ありがたや、とそれを一気に飲んでおかわりを求める。俺のグラスにまた麦茶を注いだ彼女は呼吸をするみたいに自然に「今日はどうしたんだ」と訊く。またそれを、しかし今度はゆっくり一気に飲み干して嘘みたいな笑顔を作る、嘘さん 彼女の前ではずっとこの顔でいたい。いろはにほへとのテストをするよりも流暢を努めて馬鹿げた言葉を綺麗に言う。

「進に会いたかったから来たんだよ」

 これが唯一の本当だった。黙って俺の顔を見ている進を見てなんちゃってとつけ足してまた笑った。綺麗に笑えていると思う、自分の頭は澱みを深めてそれが耳の穴から出ていってしまいそうだ。今晩の憂いを想像して悲しくなった。
 俺の心の動きなんて全く知らない知る由もない進は首を傾げてまた戻して宿題を取ってくると部屋を出た。彼女のぱたぱたという足音が遠ざかると鼻の奥がツンとやわらかく痛んだ。自分はこの感情を恋と呼びたかった、そう呼ぶにはあまりに汚い感情だった。



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「すまない、これから用がある」

 だから送ってもらわなくて構わない こう断られて二十回目の夜だった。大学三年の冬、年もとっくに明けた。遅い時間に一緒に帰れる機会は今年で(というかこの一月二月で)最後だから大切にしたいのに、遅練の日に限って彼女は〝用〟を入れていた。十一月頃から度々断られ始め(この頃のはカウントしていない)、現在では毎晩断られている。

「残念。また明日ね」

 進の前で嘘を吐き慣れている俺は笑顔で彼女を見送る。バスなんか使っちゃってさ、本当に腹立たしい。窓際の一番後ろの席に着いた進に手を振ると少し振り返してくる。なんだか進が進みたいでなくて、自分は本当に嫌だった。


 彼女に集めた感情を他に話したり伝えたりすることはなかった。仲の良いライバル性別を越えた親友 俺たちの関係はそう呼ばれていれば良い。綺麗な友情に俺が持っている感情は混ざらなくて良いのだ。冬空を見上げればオリオン座が見えて、少し切なくなる。中学生の時に進に教えてもらったのがオリオン座だった。街灯があるとはいえ暗い夜道を歩くのに、というか進をひとりで歩かせるのに抵抗があった。バス通から電車に変えた思い出懐かしい。結局、彼女のことをひとりで歩かせてしまっていたけど。


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エターナルサンシャイン シャタードグラス エレファント エレファントイズミッシングってこと

2023.01.30

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