冬の香りの雑木林を抜けて辿りつく彼女の家。
時刻は午後二時を少し過ぎた頃だったが、ここはもう午後五時のように暗い。扉を三度ノックして返答も聞かずに中へ入る。「遊びに来たよ」と声をかければコツコツと足音が部屋の奥から聞こえてきた。部屋は蝋燭の力でオレンジ色に染まっていたが何故かここは温かさというものを感じられない。外にいるみたいだ。家の主が氷のような人間だからなのだろうか、それとももうはるか昔に絶滅した魔女の魔法が遺る地なのかはわからないが。しかし自分にとってここは深く安心できる場所であったし無口な彼女の傍は泣きたくなるほど心地が良かった。少なくとも外出には厳しい家から抜け出してしまうくらいには。
彼女は光が強過ぎるランタンを持って来た。光は彼女の魅力的な顔を隠しローブから覗く白い足を目立たせている。「まぶしいよ」と俺が声をかければ光はゆっくり弱まった。しかしよっぽど彼女の方がまばゆくて、光があってもなくても変わらないなと苦笑いをした。こんなことを考えるのももう両手の指の数を超えてしまっているのだけれど。どうにも毎回思わねば気が済まないらしい。

「ローブ着てるね、寒いの?」

彼女は首を横に振り、ローブを脱いだ。その下はあまりにも薄く丈の短いワンピースで俺は困惑する。俺が暑さの残る秋のある日に贈ったものであった。どうしてこんなに寒い中で平然と居られるのだろう。見ているこっちの身にもなってほしい。

「絶対寒いでしょ!...まあ寒くないのかもしれないけど、でも着ててよ。風邪ひいちゃいそうで怖い」

ひとつ頷いてもう一度ローブを着直した。どうやら彼女は寒さに強いらしい、ということを冬の始まりの日に知ったのだがそれにしたって薄着が過ぎる。やはり服をもう少し贈ろうか。床に置かれたランタンの火は一度として震えることもなく彼女を照らしていた。出会った頃よりもほんの少し伸びた黒髪が彼女の頬に不器用に絡みついている。

「今日はね、前に話したお菓子を持ってきたんだ。ほら、牡丹の花が白餡に練り込まれてるっていう東のお菓子」

何も言わずに彼女は俺に背を向けて歩き出す。それについて行き、窓際にある椅子に腰を下ろし机に菓子の入ったそう大きくないバスケットを置いた。来る度に座るがここから太陽を見たことがない。今日だってさっきまでは晴れていたはずなのに今じゃあ太陽の〝た〟の字も感じられない。
どこで手に入れたのか、もう見慣れてしまったが珍しいガラス製のティーセットを彼女は机に置いた。ティーポットには赤い茶が揺らめいて、ベリー系果実の香りが甘酸っぱく鼻に届く。小さなシュガーポットにはシュガートングと控えめな装飾が施された俺専用のスプーンが添えられていた。中にある角砂糖は角砂糖と呼んで良いのか微妙な形をしている。しかし毎回甘さが自分の思った通りにならないティータイムの楽しさを知ってしまった俺は全く気にならない。
彼女は茶をカップに注ぎ俺に差し出した。それを受け取ると彼女はローブを翻し食器棚に戻り陶器の皿とナイフとフォークを二セットずつ持ってきた。さっき俺が置いたバスケットから菓子を取り出すと皿にひとつ乗せて机に置く。まだ残っているがとりあえずひとつ食べて、ということなのだろう。彼女は長皿を持ってきて全て並べバスケットを机から退かした。彼女が向かいの席に座ってから俺はシュガーポットを手に取った。角砂糖ふたつ────一つは角が三片もう一つは一片が欠けている────を入れて混ぜた。彼女は興味深そうに菓子を眺めていた。基本無機質な彼女のたまに見せる野生的な表情に俺は陶酔していたりする。この国では珍しい純に真黒な瞳がミクロに瞬いているところを見るとたまらない多幸感を覚える。

「それはね、手で掴んで食べるんだよ。ナイフなんて使わずに」

砂糖を溶かした赤い茶をすぐにでも飲みたかったが彼女の好奇心を満たすことが最優先だった。首を傾げる彼女に食べ方を見せようと菓子を片手で摘んだ。直径五センチ高さも四センチくらいある菓子に前歯で食いついた。見た目や触った心地は柔らかそうなのにいざ口にするとかたく、初めて食べた時には戸惑いを声に出してしまった。パイ生地で中の餡が包まれている上に氷砂糖なるものが細かく砕かれ餡に散りばめられている食感や清涼感のある甘ったるい味がなんとも不思議だ。彼女は菓子に俺を真似して食いつき、歯に当たった固さに面を食らったのか一瞬怯んでいた。その様子があまりにもデジャブでおかしかった。ザク、と音が立ち口を動かし、その味や食感を楽しんでいるようだ。その表情を見れば彼女が東の菓子についてどのような感想を抱いているのかなんて、訊く方が野暮だろう。
赤い茶をすする。今日のは甘すぎだ、砂糖の量は少なめだったはずなんだけどな。菓子が甘かったからっていうのもあるのだろうけど。

「シン、もう一杯欲しいな」

口に手を当て咀嚼する彼女にそう言ってみた。シンは無機質に俺を睨んでいる。そんな目を俺にできるのは君くらいだよ。俺は「ごめん」と笑い、もう一杯を自分のティーカップに注いだ。ごめん、ごめんだって!絶対に使わない言葉だったのに。それにまた笑ってしまう。シンは静かに咀嚼を続ける。穏やかで甘くて痺れてしまいそうなアフタヌーンだ。

ところでこの手紙、いつ渡そうか。渡せないのも今日いっぱいだと決意していたのだけれど、やっぱり今日も残念賞みたいだ。

拒絶されては困る、この心地の良い場所をまだ損いたくない。妙な予感を振り払うのに精一杯していたのだってもうやめたのだ、もう少し、もう少しだけ真昼の夢を見させて欲しい。
シンはわかりやすい俺の思惑なんて全く気づかずに最後の一口を飲み込んだ。心なしか満足そうに見える彼女に「おいしかった?」と訊ねる。シンは控えめに頷き口元を緩めた。どうしてだろうね、学んでもいないこの感情を俺はいつの間にか知っている。


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自分の中でずっと考えている勇者パロ
タイトルはクソ適当なので未来の私考えておいてください。

2022.01.03.

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