馬鹿みたいに浮かれてても、太陽が沈んだくらいに落ち込んでても、いつだって俺の隣にいてくれたのは君だった。

クラスや部が騒然となるような大喧嘩もしたし、恋人との惚気話も聞かせたし。ふたりで秘密を共有し合ったりもしたよな。例えば鍵をこっそり職員室から盗んできて屋上でひなたぼっこしたり、校舎裏の人目のつかない所でツンを育てたり、それがバレてショーグンに罰として部室の大掃除をやらされたり。だけどどれもこれもすっごく楽しくてかけがえがなくて大切に思えた。

だからこの関係がずっと続けばいいなって思ってた。それは俺が強く望んでいたことだった。

だけど。そう、だけど。

人間って満たされてるとどんどん欲が出てきちゃうみたいでさ、否、もしかしたら本当は、ずっと前からそうだったのかもしれない。君に出逢った瞬間からかもしれないし、もしかしたら昨日の帰り道からだったのかもしれない。だけど、必死に清い関係を続けていたいって俺が思ってたから、君との関係を永遠のものにしたかったから、自分で大きな蓋を作ってこの濁った感情を押し込めていたのかもしれない。

今だってほら。卑怯にも君が眠っている屋上の日陰で、他の人が来ないように見張ってるフリをしながら爽やかな春風にそよいでいる君の柔らかくて良い匂いの短い黒髪にそっとキスをするんだ。




Secret Love




『桜庭の後だから...すすむって読むの?』
『いや、しんと読む』

進とのファーストコンタクトはそれだった。

前の人はその前の人と話しているし、隣の人は二人とも女の子だったから、後ろを向いて話しかけてみた。
結局後ろにいた進も女の子だったけど、進はすごく聞き上手で(本当はただ無口だっただけだけど)俺はすぐ進のことが好きになった。それはもちろん友情的な意味で、だ。この時は。本当に良い友だちになれると思っていたのだ。だからこの時、俺は進に恋心を抱くはずがないって...つまり恋してしまうなんて、微塵も思ってもいなかった。

「進、起きなよ」

呼びかけても進は目を覚まさない。きっと疲れているのだろう。今日は学校説明会だった。部活もないのに早起きをして、慣れない司会進行を務めていた。まあきっと進は毎日早起きだろうけれども。もしかしたら昨日緊張して眠れなかったのかもしれない。進は真面目でミスも少ないから不登校の副会長の代わりとして同じクラスのもう少しで引退の生徒会長から直々に司会進行を頼まれたのだ。

「すごく助かったよ!ありがとう進さん!」

目を輝かせてそう言われていたのがつい十分くらい前の話。「言われたことをやったまでだ」といつも通りの無表情で言うと「それがすごいんじゃあないか!」とさらに褒められて、なんだか進は困っていた。ちなみに言えば、進は三日前初めて生徒会長と話したばかりで、彼と仲が良いとかそういうのは全くない。俺はというとほんとにたまに喋るくらいで、見えないグループも違っていたから...まあ、進と同じくらい生徒会長とは仲良くない。

「お礼になにか奢らせてよ!」
「礼なんて必要ない。これが私のやるべきことだっただけだ」
「でも俺の気が済まないよ!ねえ!何かしてほしいこととか...」

進の曇った無表情を俺は見逃さなかった。少し離れて見ていた俺は「進!」と彼女の名前を呼んだ。話していた友だちが「桜庭!?」と上げた声を気にせず、俺は進のところへ駆けて行った。

「!」
「あ、斎藤と喋ってた...?ご、ごめん」

斎藤、というのは文脈からわかるであろうが、生徒会長のことだ。斎藤は俺を見ると「どうした?」と訊いた。申しわけなさそうな表情を作ればもう俺は勝ちだった。

「いや、今監督が俺と進のこと探してるって高見さん...あ、先輩から連絡が来てて。だから進借りてくよ」
「あ、うん。わかった」
「じゃあ進!急ご!!このメール十分前に届いてた!」

進の手を取って駆け出す。...前に、「あ、鞄とか持ってこうよ。一々上に戻るの大変でしょ?」と、言って帰りの支度も済ませる。そして今度こそ駆け出した。一番奥の階段を下れば職員室だが、俺たちはそこで止まった。

「ふー、疲れた」
「どうした、早く監督の所へ行くぞ」

少しスッキリした顔で、進は階段を降りようとする。手すりに掴まったその手を掴んで俺は舌を出した。

「えへ、ごめん進。それ嘘」
「...なんだと」
「だって進が困ってる風に見えたから...つい」

進はハーーーと珍しくため息みたいなやつを吐いた。そして不安定にしゃがむと俯いて顔を隠してしまった。

「ど!どうしたの進!そ、それにまだここ人通るかもしれないし!」
「...屋上」
「え」
「屋上に...一緒に行ってくれないか」

中学高校と、もう五年の付き合い。初めて進が自ら屋上へ誘ってくれた。俺は大いに喜び、調子に乗った。そのテンションのまま「進おんぶしてあげようか!」と言えば「私はけが人ではない」と一蹴されてしまった。









屋上のドアを開けた途端、進は走った。俺は驚いて「ど、どしたの!!!」と追いかけた。俺が追いつくわけないんだけど。ドアから一番離れた隅のフェンスまで駆けるとまたしゃがみ込んだ。息を切らす程ではないけど、急に走って心臓がバクバクの俺も、進の傍に着くと座った。ちょうど良く風が吹いてきて気持ちが良かった。ブレザーを脱いでシャツのぼたんを三つ目まで外した。

「し、進?」
「...」

ここまでだんまりな進も珍しい。俺は両足を広げて空を眺める。薄い雲が風に流されて、見てるだけで気持ちが良かった。

「今日は」

突然進は声を出した。普段よりも息が上がって、興奮気味な口調。俺は黙って続きを待った。

「夜、眠れなかった」
「だろうね」
「世界大会の時の深夜みたいに」
「進だって慣れないことしたら緊張するよ」
「眠い」
「寝たらいいよ」
「ここでか?」
「俺の足枕にしていいから」
「自主練に行かなくては」
「進の嫌いなけがしちゃうよ」
「しない」
「するかもしれない。眠たくてベンチプレス落としちゃうかも」
「ないとは言い切れない気分だ」
「それに今はテスト期間なんだから。たまには勉強しなよ」
「毎日している」
「えらいな」
「すごいなお前は」
「なんだよ急に」

そこで会話は途切れた。目をつぶった進がいもむしのように這って俺の太ももに頭を乗せて仰向けになった。「十分経ったら起こしてくれ」そう言って寝息を立て始めた。綺麗な進の肌・髪がくすぐったくてたまらなかった。俺もこのまま寝てしまおうか。いやだめだ、先生が来たらまずい。錆びたドアを見張っていないと。あと進の激レア寝顔を見つめていないと。もう金輪際見られないかもしれないんだから。そりゃ進の寝顔を見られる関係になりたいとは思うけど。でも思っててもこの願いはかなってくれそうにないから、こうやって曖昧な距離を続けているんじゃないか。

と、いうのが、ここ一時間くらいの回想である。「十分経ったら起こせ」と言ったくせに眠り姫は目を覚まさない。キスでもしたら起きるんだろうか。いや起きないな。きっと進にとっての王子様ってやつは俺みたいな軟弱者じゃないだろうし。そりゃ昨年の今頃に比べたらかなりごつくなったけど。本質は変わっちゃいない。もっと硬派な人が進の王子様だ。

「起きなよー」

起きてほしくないけど。まだ健やかに寝息を立てる進の頬を指でつつく。アクションは何も返って来なかったから、もう一度髪にくちづける。

「好きだよ」

これはバイト代だ。進に太ももを提供するだけの簡単なお仕事だけど。それで髪キスができて進の顔を好きなだけ見られるんだからお安過ぎるお仕事だ。でもアイドルの仕事なんかよりよっぽど難しい。とてつもない自制心が必要なんだもん。

さっき起こさないように掛けたブレザーを、進は大切そうに抱きしめている。愛おしすぎるな。写真を撮っておこう。と、同じアングルでまた撮ってしまう。これで五枚目。派手な音に進は目覚めない。


四時のチャイムが鳴り始めた。ははあ、かれこれもう本当に一時間過ぎたのか。こんなにゆったりとした放課後も初めてだ。最近は今まで以上にお互いアメフト漬け生活だったからな。オーバーワーク以上けが未満、みたいな感じだった。進も俺も、やっぱり人間だから、許容量みたいなのがある。

ぱち 音が聞こえそうなくらいの勢いで進は目を開けた。黒い綺麗な瞳がいきなり目に飛び込んできたから、俺は後ろのフェンスに頭を打ちつけた。

「桜庭?」
「...進、おはよう」
「今何時だ」
「もう四時だよ。進てば全然起きてくれないんだもん」
「四時!」

がばっと身体を起こす進。失敗した。頭をフェンスじゃなくて進の方に近づけてたら、キスできたかもしれない。そんな方法でさえも、進とキスできれば嬉しいんだよ卑怯な俺は。

「すまない。お前をずっと拘束してしまった」
「いいよ全然。バイト代もらったし」
「なんだそれは」
「内緒」

訝しげな表情をする進に笑いかける。進もちょっと俯いて口角を上げた。

「帰ろっか」
「ああ」

進からブレザーを受け取り立ち上がる。なんか良いなと思った。エモい。

「ねえ今日さ、練習とかさすがにしないだろ?」
「家に帰ったら走りには行く。だがそれ以上のことはしない」
「あ、やっぱり進もオーバーワークだと思ってたんだ」
「...恥ずかしい話だが、練習量の調節を守っていなかった」
「別に恥ずかしいことじゃないじゃん。それぐらい熱心だったってことだよ」

今年で最後だし

喉まで出かかったが言うのは止した。それを言ってしまったら駄目なのだ。ふたりの間でそれを言わないというのが暗黙のルールで決まっている。

言ってしまったらすぐにこの時が過ぎてしまいそうで怖いのだ。砂時計みたいに時間の流れが一定だったら良いのにね。でも時間はいつも平等に流れてくれない。

「お前が私よりも熱心に練習するから、私も負けてられないんだ」
「!」
「人のせいにするのは良くないが、それはずっと思っていた。頑張り過ぎだぞ。私を置いていくな」

二つ分くらい頭の位置が違う進、今どんな顔をしてるんだろう。かわいくってしょうがない!俺は自分の赴くままに、進の頭をがしがし撫でた。

「む、やめろ」
「やめない!」
「やめろ」
「そんなら頑張ってる俺にご褒美とかくれよ!例えば、」
「例えば」

進のご飯を食べさせてくれるとかさ!

首を傾げた進はさらに首を傾げて「それだけで良いのか」と不思議そうに尋ねてきた。

「だけって!贅沢過ぎるよ!!」
「私は毎日食べているからか、そのありがたみがわからない」
「で、どう?だめ?」
「いい」

やったね!俺は手を挙げた。万歳三唱するために。そんなに喜ぶなと言う進は、満更でもなさそうに「今日の夕飯は...」と顎に手を当て考え始めた。



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コテコテのスクール・ラブ・ストーリーが書きたかったらしいです。メモにそう残っていました。

しんさん誕生日おめでとうございます〜;;♡一週間くらい前から準備していたのに間に合わなかった!ごめんなさい!でも祝う気持ちはあるんです;;
桜進♀だしバースデイ関係ないけど!とりあえず完成させられてよかった!しんさんらばちと仲良しバースデイ過ごして!

2020.07.09.

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