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「初恋を捨ててお前と結婚してやる」

傷ついた顔が忘れられない 四歩下がる





身分が違う者同士が結ばれることもやや一般的になった今日この頃、それも金持ちの三男坊ともなれば気ままに相手を選べた。良い時代になったものだと太陽の下を歩いている、此奴と共に。「トウマ」 名前を呼べば彼女は「どうしましたか」と尖った犬歯を見せて笑う。つられて俺も笑った。

打ち明けてはいないが俺はトウマを好いていた。初めて見た時────もう十年も前の話になる。その時は汚い布を着て最低な臭いをさせていた。晴れの日の裏通り、初めて見る虚ろな瞳から目が離せなかった。紅色の傷んだ短髪には虱が居て栗毛が立ったのを覚えている。
欲しいものは何でも手に入れられた 父は母に似過ぎた俺を溺愛していたから。それを承知の世話役に「あれが欲しい」と強請った。彼は浮かない顔をしていたが俺に機嫌を損ねられる方が面倒だと思ったのか目つきの悪い男に金を渡して引き取りそれを俺に渡す。その日が初めて父から大目玉を食らった日になった。

「全て俺がやる」と飯を食わすのも風呂に入れるのも厠に行かせるのも俺がやった。かなり女中が慌てていたが、俺にはひとりで出来る確信があった。また年が下の兄弟ができたみたいで嬉しく感じていたのだ。風呂に入れた時にトウマの性別が女だということに気がついた、それまでに〝性別〟という概念を此奴に対して持ち合わせていなかったから仕方がない。トウマは風呂に入れ髪を梳いてやれば見違えるほど美しくなった。言葉も普通に話せたし、箸も使えた。思えば厠だってひとりでしていたのだ。年齢を訊けば俺のひとつ下を答え生まれを父が問えばたどたどしい敬語を用いてぽつりぽつりと語った。想像より遥かに優秀なトウマを父は気に入り、そして「お前は目利きだ」と俺を褒めた。年の離れた兄二人も感心し、俺に賞賛の声を与えつつトウマの柔らかすぎる頬をつまむ。人怖じせず犬歯を見せるその笑顔に気が強く性格に難有りの母ですら懐柔されていた。

没落したばかりの名家の女中の子として生まれたトウマは徹底的に仕込まれていたようで、齢六歳にして大層な働き者であった。「まさか拾ってもらえるとは思いもしなかった」「この御恩は返します」と翌日から仕事を教わり働いていた。兄も母も、もちろん俺も止めようとしたが聞く耳を持たず、雑巾がけや掃き掃除に精を出した。七十になる婆は「こんなに働く子を見たことがない」と驚いていた。
自分が何を目的として此奴を引き取ったのかはわからなかった。ただ欲しいと思ったから手に入れただけ それだけ。俺は傍に置いておきたかったから、名目を世話役にして身の回りの世話をさせた。そして自分が読み書きと最低限の算術を教えた。此奴はよく動いたが頭は決して良いとは言えなかったから。字を教えた時に自分の名を書けるようになったトウマはとても愛おしかった。墨で手と顔を真っ黒にした笑顔でできましたと見せられた紙には此奴の名前と俺の名前も書いてあり、照れ隠しに「汚い字だな」と言いつつそれを捨てずに今でも取ってある。

「虎於さま」

声を掛けられ思考を切り替える。どうしたと返せばにへらと笑われ「いえ」と目を細めた。

「ずっと黙られていたのでどうしたのかなと思っただけです。何か考えごとですか」
「ああ、些細なことだ」
「そうでしたか。でもこんなに天気が良い日に外に出ているのですから、楽しいことを考えましょうよ。眉間に皺が寄っていますよ」

暗い服を着る彼女は太陽よりもよっぽど眩しかった。く、とまた寄る眉間を指で伸ばす。

「皺を寄せているのは太陽のせいだ、心配することはない。楽しいことを考えているよ」
「それなら良かったです。最近はずっと忙しそうにされていたので気分転換にでも、と思ったのですが...負担になっていないですか?」
「そんなことには断じてなっていない。ほら、甘味処がある。あすこに寄りたい」
「え!大丈夫なんです?旦那さまとのお約束の時間に間に合わなくなってしまいますよ」
「お前は俺が甘味処に寄るのと眉間に皺を寄せるのと、どっちが良いんだ?」

さっさと行くぞと手を引けば虎於さまには敵わないと苦い顔をされた。そして「人目がありますから」と手を外される。歩幅を大きく取って俺の前を歩き甘味処の店番に話しかけた「あんみつ一つと茶二つを頼む。食べて行きたい」と。若い女の店番よりも頭一つ分高い背丈、薄い胸、短い髪、圧倒的に低い声、銭を出す仕草 女の頬が赤くなる。人目と言うものが憎いな、この場ですぐにでも暴いてやりたくなった。

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もう21歳なの現実をみなきゃね

2022.04.16.

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