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話があると珍しくトウマの家に呼び出された。仕事が終わるタイミングも場所も違ったため、とりあえず夜七時半くらいに来てと一方的に告げられていた。夕飯はと訊けばすぐに終わる話だけどトラが食べたいなら作ると言われ、食べると答えた。うんわかったと普段よりか感情の薄い声がいやな予感と頭を掠めたが気のせいだろうと考えないようにして、仕事を終え飲みの誘いを断り彼女の家に向かって、それから と思い出し涙が出てきた。温かい食事と安っぽい卓上カレンダー、トウマの家で予定を立てる時はあれを使っていた。「紙カレンダーの方が予定立てるの楽しくない?」と腕の中で笑う彼女の首元に何度顔を埋めたかわからない。

お互い一度だってそういう言葉は口にしてこなかった。それでも成り立つ関係だったから、しかしそれは俺が望んでいた関係ではない。それでもその関係から踏み出そうとしなかったのは他ならない俺自身である。

トウマを真似て買ったダサいカレンダー、彼女には見せていなかったが密かにずっと持っていた。三年分が置いてある。ひとりで予定を書き込んで浮かれていたのが虚しい記憶として残るのだろうな だって俺は絶対に捨てられない。
もう使い道がないことを知っている、使う場面がないこともわかっている。今月のカレンダー、端から端まで全部に斜線を引いた。





「…ちょっと虎於、今日何?なんでそんな辛気臭い顔してるの」

今日はŹOOĻ二組に分かれてのロケ収録だった。俺と悠はアミューズメント・パークの新アトラクションやパレードの紹介、巳波とトウマはちょっと栄えた田舎町をひたすら食べ歩くロケだと聞いている。食べ歩くとは言っても毎回巳波の無茶振りのせいでトウマひとりだけの大食い企画となってしまっており、その様子が女子アイドルらしからぬと話題を呼んでいるらしい。トウマは一回胃袋に入れたものを出すことができない、要は嘔吐することができない体質のようで、テレビの心象的にも良いのだという。そしてそんな限界を超えて頑張ってしまうトウマの監視という名目で、チーフマネージャーの宇都木さんはあっちに付き添っている。俺たちには別のマネージャーが付いているが大して会話もしない、それでもマネジメントはしっかりしてくれる。今も少し広めのロケバスに乗っているがその理由だって「朝早いのに狭いロケバスでスタッフの話し声が聞こえるのは嫌だろうから」とのことらしい。トウマが前に言っていた。あの人は宇都木さんみたいに口が上手じゃないけど俺たちのことを丁寧にサポートしてくれてるよ、と。これはマネージャー本人が酒に酔った時に言っていたらしいが、トウマは人の良いところを見つけて感謝することが得意だった。俺がアイドル業を舐め腐っていた時も「昨日の練習で足痛めてたのに俺のダンスの練習に付き合ってくれてサンキューな」とか「トラの声めっちゃ合わせやすい!その声帯で生まれてきてくれてありがとな…!」とか、今思えばそういうところに最初から惹かれていたのかもしれない。思い出して悲しくなった。次、あいつとどんな顔をして会えば良いのだろうか、あいつはどんな態度で接してくるのだろうか。しかしそんなことは些細な疑問のうちの一つとしてしか考えられない。ただトウマに会いたいという欲求しか、それしかなかった。

「…?虎於?」
「!ああ、なんだ。トイレか?バスを停めてもらおう」
「違う!お前が話しかけても無視するから声かけてるの!!」
「そういうことか」
「で、なんかあったのかよ。わたしに話してみれば」
「まだ子どもには刺激が強い話だからな。あと三年したら教えてやる」
「もうわたしŹOOĻ結成した時のお前と同じ年なんだけど!」

トウマと巳波に言いつけてやる、とグループ通話を始めようとする悠を宥めて飴玉を舐めさせた。悠が好きなメーカーの新作で、トウマに「ハルに明日あげてくれ」と頼まれたものだ。まさかあんな和やかな会話の後に絶対零度を浴びせてくるとは 久々に女の怖さを見た。昨日三年振りに返されたカードキーは今、ポケットに隠している左手の中に収まっている。昨日から今まで何故かずっと傍に置いておかないと気が済まなかった。

「!おいしいじゃん、どこの?」
「悠が好きなメーカーの新作だとトウマが言っていた」
「え、昨日会ったの?スケジュール全く違くなかった?」
「家に行ったんだ。話しがあるからと言われてこれを渡された」

嘘を吐く時は隠したいこと以外を正直に語ることが重要だと知っている。ここで変に勘繰られてもな、いつかは話したいと思っているが今はまだ笑い話として消化できるものにはなっていない。
悠はふうんとなんでもない風を装いながらも嬉しそうに頬を抑えた。口角が上がらないように抑えていることが目に見えてわかる。俺も一つ口に放り込んだ。一瞬で甘ったるい卵黄の味が鼻から抜ける。濃い味の飴玉だ、とても食えたものではない。包装紙に戻そうとしたら悠に睨まれた。

「人のあめ勝手に食べといて捨てるとかあり得ないんだけど」
「あまりにも甘過ぎる、虫歯になりそうだ」
「当たり前じゃん。恋するカスタード味だもん、書いてあるでしょ」

悠は俺の手にあった飴の袋を奪い取り、まだ口に残っているのにもう一粒入れる。ん〜!と感嘆の声を上げて足をぱたぱたさせる悠の手元のパッケージを見る。渡すことばかりを考えていて、味なんて気にしてしなかった。期間限定の赤い文字が俺の目を奪う。

恋なんて愛なんて期間限定のものだ、誓いのキスをした二人が何度も別れる場面を散々見てきたから知っている。無論自身の経験だってそこに含まれているが。そういうことに対して早々に辟易した俺は恋人なんて曖昧なものを作る気には到底なれなかった。だからコンビニエンスな相手を選んでそういうことをしてきたはずだった。しかしどうだこの三年間、ずっとひとりの相手と向き合っていてその相手に恋だの愛だのを強くとても強く感じている。人生八十年あると言われている現代のたった三年、だがその感情が全く期間限定のものだとは思えなかった。

あいつと共にいた穏やかな時間が好きだった、それこそ今口の中にある飴以上に甘い時を過ごしてきたと思う。しかし俺はあいつとの関係に役割を付けようとしなかった。だから後腐れなくあいつに捨てられたのだ 単純な言葉で。あの部屋にもうひとりで訪れることはないのだと思えば後悔しかない。吐き気が出そうになる喉の苦味を水で押し流した。飴玉の甘ったるい味が少し役に立つ。

「昨日、全然あめの話なんてしなかったのに」

悠がぽつりと零した言葉にへえと相槌を返す。昨日のトウマさー、と話を続ける悠の声に耳を傾けた。少しでもトウマのことが聞けて嬉しい反面昨日一日一緒にいた悠にささやかなジェラシーを感じてしまう。しかし俺の話もたくさんしていたようで、何だか複雑な気持ちだ。

「それでね、夜暇だったから電話かけたの。そしたら昼間カメラ回ってないところで全然元気なかったのに嘘みたいに元気になってたんだよ」
「...へえ」
「どうしたのって訊いたら空元気だって言ってた。お酒も飲んでたみたいでさ、めっちゃだる絡みでうざいの。で、好きな人となんかあったのって訊いたら、」

「待て」 悠の言葉を止める。「好きな人?」聞き間違えかと反芻した しかし悠はそうと頷いた。「うまくいってないんだって」と俺を睨んでため息を吐く。

「聞いたことがないそんな話トウマから」
「ふーーん。虎於に聞かれると都合の悪いことがあるんじゃないの」

都合の悪いこと?何だそれは。そんなものはない。...そうだよな?俺たちはセックス・フレンドだ。しかしそういう関係以前に良きチームメイトではないか、違うのか。信頼されていたと思っていたのにとことん裏切られたような気分になる。
不機嫌になった俺を悠は見逃す。トウマだったらすぐに気がついてご機嫌取りをするのに。そして怒ることもある、その態度はおかしいだろって。そういう正直なところもすごく好きだった。だが好いている相手がいるのに別の男に股を開くような人間だったのかと少なからず失望...しない。それだってトウマの優柔不断な優しさだ。トウマは優しいから自分に得のない人間関係でも築こうとすることをトータル四年の付き合いで知っている。しかしそれはそれ、これはこれだ。耳の奥の眼球と繋がっている神経が痛いくらい熱い。

トウマに好きな奴がいる、三年も濃いコミュニケーションを取ってきた俺を捨ててしまえる程の。それに悠の口ぶりからするに最近好きになったわけではなさそうだ。それなのにその間俺のことを弄んでいたのか。そんなこと許されて良いはずがない。悠は言葉を続ける。聞く必要なんてないのに勝手に耳に入ってサインペンで書いたようにはっきり記録されてしまう。

「トウマがはっきりその男を好きだと言ったのか」

希望を込めて訊いた。違う、それは口から出た願望だったそうであってくれという。「バカじゃないの」悠は笑う。

「トウマが恋愛相談なんてするわけないじゃん、あんなウブなのに」
「恋とかそういうの表に絶対出さないよ。風邪ひいてる姿だって見せないのに。トウマは真面目バカだから」
「でも見てればわかるよ、だってだだ漏れって感じだもん。お前も知ってるでしょ、トウマの嘘とか隠し事がわっっかりやすいこと」
「なんでその相手を特定できたか?だからわかりやすいんだってば!見てすぐわかる。そいつといる時...悔しいけど、トウマ超かわいくなるし」

わたしにもその表情向けてほしいけど 唇を尖らせる悠は少し寂しそうだが何となく楽しそうでもあった。滑稽だな、ひどい勘違いをしている。トウマが一番の顔を向けるのはファンと俺にだけだ。そうだとずっと思っていた。しかしそうではないらしい。別の相手がいるらしい。「トウマも馬鹿な恋をしているな、くだらない」俺が苛立ちと共に吐き捨てた言葉を悠は鮮やかに拾う。

「相手だってトウマのこと大好きだもん。ずっとトウマにくっついてるし、トウマが別の人と喋ってるとすっごいイライラするし」
「そのくせに自分から言わないんだ、一番大切な言葉をさ。ほんとヘタレでいつも巳波がキレてる。それを宥めるこっちの身にもなれっつーの!」

大声を出す悠を心配してかマネージャーが「大丈夫ですか」と聞きにくる。悠は慌てて「大丈夫です!ごめんなさい騒いじゃって」と謝った。小生意気な悠が謝れるようになったのもトウマのしつけの賜物だ。「トラブルがないなら大丈夫です」とマネージャーは去る。

「...見ててこっちが恥ずかしくなるくらい相思相愛だもん。それなのに相手が言葉に出さないからトウマ自信なくていっつも悲観的になってる。口先だけでただ一言愛してるって言われるだけでもトウマにとっては嬉しいのにね」

声をひそめて俺にそう言う。いや待て、巳波も知ってる相手なのか?そうしたら必然的に俺の知っている人間じゃないか。

「優しくていつも悲しくなるんだって。だから見込みないのにどんどん好きになっちゃうって笑ってたよ。本当に罪深いよね、トウマとそいつが結ばれたら蹴り飛ばすって巳波と結託してる」

結ばれることを前提として巳波と悠が話している つまり認めているというのかその相手の男を。そしてその男と上手くいかない腹いせにトウマは俺を捨てた。瘤がひとつ取れてすっきりしたから酒を飲んで上機嫌に「恋愛がうまくいってない」だなんて贅沢に言葉を紡いでいるのか。

俺は努めて冷静な声を作る。「相手は誰だ?」 脳はミシミシと音を立てっぱなしだ。

「本当にわからないの?それとも肯定してもらいたいだけ?」
「わたしの話聞いてれば誰かなんてすぐわかるよ。虎於もよく考えてよ、トウマが一番気にかけてて一番かわいい顔を向けてる奴だよ。わからない?」

その相手はどう考えても俺だろうが お前らは知らないだろうがふたりで食事だけじゃない。恋人のようにデートをしたり...セックスだってしている。無防備な姿顔、お互い散々見てきた。俺は未だに飢えているが。お前らが聞いたことのない声も見たことのない表情も知っている。握る手の心地良さだって。
それでも俺はトウマに振られたんだ。「もうやめたい」って拒絶されたんだ。「ファンの子たちや巳波や悠を裏切るようなことをしていて辛い」と。詭弁だったみたいだ、だって現にトウマは叶わぬ恋に苦しんでいるのだろう?

「早くトウマと......の恋が実れば良いよ、わたしも巳波も応援してる」

俺とあいつが結ばれることはもうない それがよくわかった。しかし約三年温めた俺の愛はまだまだ燃焼中である。

「ああ、そうだな。俺も心から応援して、結ばれたら祝杯を挙げてやろう」

窓の外に広がるスカイラインは都会的な形成から少し外れて格好のつかない風景だ。全く無様である。目の端に見えた悠は首を傾げていた。












ロケが終わり家に帰る。顔色が普段よりも悪かったからか、いつも無茶振りばかりしてくる相方も今日は手加減してくれていたように思う。「たくさん休んでくださいね」と別れ際に囁かれた言葉はきっとただの社交辞令ではないだろう 今日は早く眠ろう。そのために真っ直ぐ帰ってきたのだ。満々腹だから夕飯を食べる必要もないし。
古い階段を上がって真ん中の部屋 思い入れが強くて中々引っ越すに引っ越せない部屋だ。それにこの三年間でその思い入れも増えてしまった、もう尚更引っ越せない。
鍵穴に鍵を突っ込んで回す。かちゃりと聞き慣れた音が聞こえたが、それがおかしいことに気づく。今鍵が〝かかった〟のだ。誓おう今日は確実に鍵をかけた、賭けても良い。恥ずかしい話だが、今日の朝の鍵をかけるという行為に意味を持たせていたから覚えている。しかし現状ドアは施錠された。もう一度鍵を逆に回して鍵を抜き把手を引けばドアは開く。おかしいなとは思いつつ上がると見慣れた高級靴が揃えて置かれている。「あれ?」ドアを閉めるのも忘れて近づくと電気が点いて、顔を上げれば気まずい相手が立っていた。

「アイドルが玄関を開けっぱなしなんて、随分不用心じゃないか」

赤い目で俺のことを見下ろす彼の声は心なしかしゃがれていた。昨日までの優しい顔がもう見られる立場ではないことはわかっているが、それでも冷たい瞳は悲しい。そうだなと返事をしてドアを閉めに後ろに下がろうとする。しかし突然左手を掴まれて動けなくなってしまった。別に足を一歩引けばドアには届いた だが握られる手の強さと鋭過ぎる目が怖くて動けない。俺の腕を掴んだままこいつは靴下で土間に降りた。綺麗好きのこいつが靴下で土間に降りるなんて。そしてドアを閉めて鍵をかける。...どうして?というかなんでこいつがここにいるんだ、昨日「もうやめよう」と三年の関係に終止符を打ったはずだ。合鍵も返して、ああでもこいつからはまだ返されていなかった。次会った時に返してくれと伝えた記憶がある。しかし確実に言ったかと考えれば定かではない。

「鍵返しに来てくれたのか?わざわざ悪いな」

重い言葉を紡がないように話し慎重に笑顔を作る。左腕の痛みは増して正直振り払ってしまいたかった。しかしこいつと触れ合えている事実が嬉しくて離してなんて言えない。痛みなんて我慢できた、それ以上に愛おしかったから。
今朝一年と数ヶ月温めていた自分の気持ちを鍵穴に押し込んだというのに、嫌だなあもう再熱してしまいそうだ。抱きつきたくなる衝動を抑えて右手で俺の左腕を掴む悪い右手に触れる。ぴくりと一瞬跳ねた体がかわいい、そしてやっぱり困惑したような瞳を見せるこいつはずるい。そんな顔をするなら最初からしなければ良いのに、こんなこと。ただのセフレ相手に随分ご執心なようだ。昨日も聞き分けが悪かったが結局俺のわがままに従ってくれた。こいつは優しいから人の嫌がることをしないんだ、そんなこいつの優しさに三年も甘えてしまった。もう止めなければいけない。

「鍵受け取るよ。疲れてるだろ、それなのに届けてくれてありがとう」

またしかめっ面に戻ってしまう。俺はなんと言えば良かったのか、そんなこといくら考えたってわかるはずがない。しかし今度のこいつは少し違った。深く息を吐いてさっきのように冷たい瞳を向けてくる。だけど口元には微笑が宿っていた。

春だというのに嫌な悪寒がした。彼の大きな左手が俺の頬に触れる。そのまま耳の後ろに指が這われ官能的なくすぐったさに身悶えた。「こういうことはもうしないって、」約束 俺の言葉に被せるように「すまないが」と耳が心地良い声が邪魔する。

「合鍵を返すつもりはない」
「な、んで」
「別の人間にこれが渡ってしまうくらいなら俺がこの場で飲み込んでやる」
「は、何の話...ぎゃ!」

ドアに体を押し付けられ動けなくなる。左腕はいつの間にか解放されていた。しかしそれぞれの手にデカい手のひらが重ねられる。ベッドの上にいる時みたいに指を絡められて腰に力が入らなくなってしまう。彼の足が俺の足の間に入れられて無理矢理立たされたままの姿が滑稽だ、自分では見えないけれど。しかし背景を思ってしまえば恥ずかしくて堪らない。恋愛経験ほぼ0の女が初めてできた顔の良過ぎるセフレに恋しちゃって、でもあまりにも不毛な恋だってやっと自覚したからこういう関係やめようって一方的に言って 彼は自分よりも遥かに格下のセフレに捨てられたという事実にご立腹なのだ、おそらく。別にそういうわけではないのだけれど。
好きだよなんて言える度胸も自信もないから結局都合の良い女に成り下がってしまった。虚しいよ、悲しい ここでこの関係を終わらせなければいつまで経っても惨めなままだ。だけど惨めなままでも良いと頭の片隅では思ってしまっている。この人に形だけでも愛されるのなら本望だと、快楽には勝てない脳の奥が強く甘く疼く。

「はは、色気のない声だ」

耳元で囁かれる声が気持ち良い。べろりと耳を舐められ噛まれ大きく恥ずかしい声が反射的に出てしまう。

「こんなに自分の体を飼い慣らした男を捨てられるのか?セックスも知らないで顔と性格だけ好きになった新しい人間なんてすぐに飽きるに決まっているだろう」
「ほんと、に、何の話!」

彼は何も答えてくれない。重ねられた唇から彼の唾液と舌が侵入してくる。こんな荒々しいくちづけを自分は知らない、だっていつも優しかった。呼吸を合わせてくれていたのに。だけど重ね方を様々に変えられ口の中が犯されるような感覚は、飛んでしまいそうになるほど良かった。

「下品な顔をして、卑しい女だ」
「や、やだ!怖い、やめて...」

トラ! 彼はご機嫌に口角を上げてせせら笑う。しかしその目は爛々と俺を捉えていた。

「怖い、だと?俺が?笑わせるな、お前の方がよっぽど怖い」
「昨日如何にも正当的な言葉を並べて俺を突き放したお前に従おうと思っていたのにとんだペテン師だったようだな」
「まあ良い。女は嘘吐きだ。それでも愛おしいから許してやれる」
「だけどお前に対しては憎さ百倍だ。喰い殺してやりたい」

過激が過ぎる言葉を一方的に投げてトラはまた俺に食いつこうと顔を寄せる。咄嗟に顔を背ければ微温い息が首に当たった。「何の話なのか本当にわからない、どうしてそんなことを言うのか」これに似たようなことを苦しまぎれに言えばとぼけるなよと怒ったような口調で言われる。頬を掴まれトラ無理矢理正面を向けられる。

「恋しているんだろう、お前」

なんでそれを、言わなきゃ良いのに無意識に言葉が出てしまう。トラの傷ついたような苦い表情を久しぶりに見た。瞬いたトラの目から一粒溢れる。どうしてトラが泣いているんだ、泣きたいのはこっちなのに。空いた片手でトラの涙を拭えば彼は弾かれたようにまた俺を睨むんだ。潤んだ瞳に「ごめん」と告げる。トラの頭を引き寄せれば首元で鼻を啜る音が聞こえる。

「ごめん、泣かないで」
「泣いていない」
「嘘を吐いたつもりはなかったんだ、ただ嫌われちゃうかもって言えなかった」

言わなければ、もうこれが最後の機会だ。ここで伝えなくちゃ二度と想いなんて伝わらないと思った。本当は打ち明けるつもりなんてなかったんだけど、本人に。優しくされたら好きになる馬鹿な女なんて軽蔑されたくなかったから。それでももう言葉にするなという方が難しいくらい想いが強い。

「好きなの、トラのこと。だから本当のことを言って嫌われたくなかった」
「勝手だけど綺麗に終わらせたいって思っちゃったんだ、本当にごめん」

余った片手を背中に回した。広い背中 昨日で抱き納めかと思っていた。だけどこうして俺の腕の中にトラはいる。夢みたいな話だ。
しかしいつまで経っても俺の一世一代の言葉に対するレスポンスは来なかった。クククと喉から絞り出されたような声だけが聞こえてくる。

「もうお前の優しい嘘には惑わされない」
「そんな都合の良い言葉を与えられたところで結局お前が愛しているのは別の男じゃないか」
「だから俺を捨てるんだろう」

否定の言葉は紡げなかった だって口を塞がれてしまった手のひらで。無様に出る彼の名を呼ぶ声が出来の悪いアコーディオンのように虚しく響く。

「親愛の情を向けられたところで俺には何も残らない」
「ごめんと言ったな、必要ないその言葉は」
「お前を許すつもりがないから」
「三年も俺を弄んで許されると思うな」

穿いていたショート・デニム・パンツのボタンを外されそのまま下ろされた。一瞬のことに言葉を失ってしまう。下半身ショーツ姿の俺は唐突に訪れた心地の悪い寒気に身悶える。いやだどうして俺の体は熱くなっている?わからない、そして彼のこの行為は何を示している?

「お前の大切な部分にたっぷり注いでやるからな、ずっとこうしたかったんだ」

突かれて気持ち良い部分の上に置かれた指先がすごく熱い。布越しに伝わるささやかな鼓動が俺を一気に緊張させる。そんな待ってだめだ、いけないことをしようとしている。本能で感じるが動くことは無論不可能だ。絶望の二字を頭に浮かべる俺に対して綺麗な笑顔を浮かべる彼は優しく耳元にこう囁いた。

「俺の最後の女になれよ」

下半身にガッチリ手を回してトラは俺の首元に食いついた!

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五日?六日で私は話が書けるんだって感覚を思い出させてくれた ありがとう

2022.03.05.

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