もうすぐこの映画も終わる。悪い怪人にマントを付けたヒーローがパンチを腹にお見舞いする。怪人は恐ろしい声を上げて消えていった。

映画のエンドロールが始まったら「もうそろそろ帰るわ」「明日は午後から撮影な」「さっさと風呂入って休めよ」「送らなくて良いから」...この四つ。この四つさえ言えばミッションクリアだ。ご褒美はちょっとお高めのビール。それに壮五から借りたあるロックバンドの廃盤になったCD。家に帰って飲みながら聴く...最高じゃん天国じゃん。よしよし言うぞ。ヒーローとヒロインのキスシーン、その場面が離れて離れて────

「トウマ」

決意と共に握りしめた右手の拳に優しい左手が被さる。
大袈裟に肩を跳ねさせた俺に甘く微笑み、目の前の顔が良すぎる男はゆっくりと耳元で、たまらない吐息と共に地獄のひと言を口にした。

「泊まっていくだろ?」

















「...それで泊まっちゃったんですか?」

頷いて後悔した。羞恥で顔と首が痛いくらいに熱くなる。
目の前の二人は「大人だ...!」と目を輝かせていた。そのうちの一人は俺と同い年のはずだけど。まあなんかすげー金持ちらしいしろくな恋愛してこなかったんだろう。多分。

「てか、言うほど大人っぽくはないだろ」
「だってお泊まりですよ!お泊まりって言ったら...キャーーー!」
「へ、変なことはしてねーよ!?」

なんでこんなことを人に...年下の純情少女になんて話しているのだ俺は。しかもこいつらの楽屋で。キャーキャー言ってるこいつの兄貴にこのふしだら未満ではあるものの、捉え方によっては準猥談に当てはまるであろうこんな話をしているのがバレたら俺は本当に殺される気がする。

しかし躊躇っていては話が進まない。俺だって別にサービスでこんな話をしているわけではない。このことについて自分なりに真剣に悩んでいて、そしてなるべく早急にどうにかしたいと考えているから、この二人に相談しているのだ。役に立つかは別として。人選をミスったかもしれないというため息は置いておいて。

「...本当にしてないんだ。ただ一緒に寝てるだけ」
「え、セックスしてないんですか?」
「壮五!?!?!!!」
「あっ!ごめんなさい、つい気になっちゃって」
「お前ほんと九条天に殺されるぞ!?」
「...九条さんに殺されるなら本望かもしれない」
「冷静に考えてそう言うのやめろ!!」
「トウマさん!私だって18ですしそれくらい分かりますよ!」
「そういうことを言ってるんじゃなくてだな!?」

ドアが開いて「はよ〜」という気だるげな声が聞こえてきた。...即席なんでも相談室閉店。俺は席を立った。

「大和さん!お疲れさまです!」
「大和さん、もう朝じゃないですよ」
「お〜陸、おつかれ。寝ながら来たんだからおはようも間違えじゃないだろ。いいんだよコミュニケーションはフランクで」
「に、かいどうさん、お疲れさまです。今日はよろしくお願いします」
「お前も今さら畏まらなくたって良いよ。つかなんでこっちの楽屋にいるんだ?」
「あ、いやちょっと世間話が弾んじゃって...じゃあ壮五、陸またあとでな」
「はい!環と一緒にŹOOĻの楽屋にも遊びに行きますね!」
「おう!じゃあ失礼します」
「そういや、御堂がお前のこと探してたぞ」
「え」
「電話しても出ねえって。ま、報連相はしっかりな〜」

ぷらぷらと手を振る二階堂さんに一礼してドアを閉める。と、俺は猛ダッシュでŹOOĻの楽屋に向かった。ケツポケットにある携帯を手にとりスリープモードを解除すると、現在進行形でラビチャのメッセージの通知が増えてえらいことになっている。電話も十件以上来ていた。
携帯をまたスリープモードにしてケツポケットにしまう。
楽屋まであと五歩。呼吸を落ち着かせてドアの前に立つ。そしてその向こうからはあいつの......まるで家が燃えたかのような怒号に似た焦り声が聞こえてくる。

「お、ミナもトラも来たのか。おはよ」

平然を装って楽屋に入る。ミナは荷物の整理をしていて、その肩には......血管が浮き出たトラのデカい手が乗っかっていた。

「トウマ」

顔を輝かせてトラは近寄ってくる。そして肩を組み腰を抱き「遅かったじゃないか」と座らせる。
熱いトラの視線とは逆に、冷ややかなミナの視線が痛い。

「電話もラビチャもしたのに全く返信が無いから体調を崩したのかと思った」
「え...?ああ悪い!おやすみモードにしてたんだ。ほら、通知とかが来ないやつ」
「そんなことはどうだって良い!...ああ、本当に安心した」

トラは俺の手を握る。カサついた手がトラのお気に召さなかったらしく、「ハンドクリームを取ってくる」と、自分の荷物が置いてある方へ行った。

すかさずラビチャを開いて、トラのメッセージに既読をつける。そして壮五と陸と俺のトークルームを作り「さっきの話、絶対誰にも言うなよ!」と打ち込んで、また携帯をポケットにしまった。

「手を出せ」
「あいよ。あ、くれるだけで良いからな。自分で塗れるし」
「俺に塗らせろよ」

トラは自分の手にたっぷりクリームを取り、それを適当に塗り広げた。そして俺の手を取ると、指先とか指と指の間とかまで丁寧に塗る。俺はどこを見ていれば良いのか分からなくて、じっと手を見ていたが...なんだかえらく官能的で見ていて恥ずかしくなる。

「これで良いだろ」
「あ、ありがとな、トラ」
「ふたり同時にできるから時短にもなるな」
「そうだけど...」
「昨日も思ったが、トウマの手は小さいな。愛ら...」
「言うほど小さくねーよ!つかデカい方だし。多分ミナよりもデカい」

手を握るトラから離れ、ミナのところへ行く。まずい雰囲気になりそうだったし、なんだかとても嫌だった。トラに握られていた手がどういう訳かすごく熱い。ミナはまた俺を少し睨むと「なんですか」と素っ気なく言った。

「手!手、比べてみようぜ」
「どうぞ」
「よっしゃ!...え、ミナ手、デカくね?」
「これでも『抱かれたい男No.2』ですので」
「ひえ...」
「トウマ、巳波に惚れたか」
「は!?何言ってんだよ!」

トラもジョークを言えるようになったな〜と振り返ると、さっきのミナ以上に冷たい目を寄越していた。珍しくミナが言葉に詰まって、俺も何も言えなくなった。嫌な静寂が部屋を占める。

その時ちょうど楽屋のドアが開いて、制服姿のハルが、四葉と陸を連れて来た。

「トウマさん!あ、虎於さんと巳波さんも!こんにちは!挨拶に来ました!」
「...っ、おお陸!ハルと四葉も!学校お疲れさん!」

ミナに目配せをしてとにかく離れる。俺は四葉と陸の元へ行ってコミュニケーション、ミナはハルの仕度の手伝い。ハルは何かを察したのか「どうしたの?」とミナに訊いていた。

「まるっちとらっちみなみんおっはー」
「おはよ。ハルと一緒に来たのか?」
「うん。バンちゃんが俺といおりん迎えに来てくれて、そのついでに『亥清くんもどお〜?』って」
「ばんちゃん...?ああ、マネージャーの人か。あとでお礼に行かねーと」
「虎於さん!映画みてくれましたか?」

よしよし陸、いいぞいいぞ。その調子でトラを頼む。俺は四葉と喋って、その流れで四葉をアイドリッシュセブンの楽屋に────

「ああ、昨日観たぞ。な?トウマ」
「え゛っ゛!」
「うわ、まるっち声ガッサガサ。病気?」
「トウマさんもみてくれたんですか!えへ、あれ私の一番好きな映画なんです!全然人気ないんですけど...」
「ストーリーこそ単純だったが、これぞヒーロー物という感じが良かった。そうだろう?トウマ」
「あ、ああ!そうだな!うん!!」
「トウマはヒーローとヒロインが戦わなければならなくなったシーンで泣きそうになっていたな。まあ、あのシーンは絶望を感じざるを得なかった」
「...?一緒にみたんですか?昨日.........あっ!」
「お、おおおおおい四葉!お前制服じゃん!着替えに行こうぜ!」
「まるっち声でかいんだけど!でもそうする。じゃ、いすみんまたな」
「じゃあ私も戻りま...んぐぅ!」
「陸はトラと映画の話してろよ!な!?」
「は、はい...!」

よし四葉行くぞ!と、彼女の腕を取った。もうすぐにこの場から...というかトラから離れたくて、足を大きめに一歩踏み出────

「俺も行く」

────そうとして、俺は足を止めざるを得なかった。物理的に。
トラは俺の腕を凄まじい強さで握りしめていた。「痛い」と言いたいのに、あまりの強さとトラの目が怖すぎて口を開けない。

「ちょっととらっち!!やばいってそれ!」

四葉がトラの手を俺から引き剥がした。離された俺の腕はトラの指の痕がくっきりと残ってしまっている。

「っ、て......」
「トウマ!ああトウマ、本当にすまない。大丈夫か?」
「大丈夫だ、から」

トラは俺の腕を取ると「可哀想に」とうっとり撫でた。陸がぽそりと「大人だ...!」と呟く。これが大人の恋愛に見えるなら少女漫画を読み直してこい。「可哀想に」とか言ってるけど、元はと言えばこいつが強く腕を掴んだんだ。わざと壊したおもちゃを「壊れちゃった」って言ってるようなものだぞ。サイコパスだろ!

「まるっち超痛そう。とらっちサイテー」
「すまないなトウマ。だがお前が俺を置いていこうとするのが悪いんだぞ」

悪いと思ってねーじゃねえかよ!!!と、前だったら言えたが、もうそんな軽口で応対できる次元ではない。もうドン引きだ。あと頼むからそんな目の色でこの痕を見つめないでくれ、指でなぞらないでくれ。本当に気でも違ってるのではないか。

「...とらっちってそんなキャラだっけ?」
「それよりも四葉、楽屋に戻らなくて良いのか。壮五に叱られるぞ」
「げ、確かに。行こ、りっくんまるっち」
「トウマも連れて行くのか?なら心配だから俺も────」
「私がお供します」

口元だけ緩めたミナがトラを押し退けて近づいてきた。その鮮やかなグーパンチはトラのみぞおちに直撃して、トラは息を詰まらせて蹲った。

「と、トラ!?大丈夫か?」
「大丈夫ですよ。では参りましょうか。亥清さん、御堂さんのこと頼みますね」
「うん。あ、トウマ、弁当作ってきたでしょ。もらうよ」
「あ、うん...冷蔵庫の中な」

トラのことを心配しているのか、四葉と陸はあわあわしていた。が、ミナが半強制的に外へ追い出した。こいつ意外と女にも厳しいな。

「すみませんね。送ってさしあげたいのは山々なんですけど、少し用事ができましたので。二人で戻って頂いても良いです?」
「も、もちろんです!行こう環!」
「おう。みなみんとまるっちバイバイ」

手を振って二人を見送る。二人が前を向いた瞬間、ミナが楽屋に戻るでもなくまるで逆の方へ歩き出した。それに慌てて俺もついて行く。

「...ミナ、顔怖いぞ」
「静かにして頂けます?」
「はい...」

笑顔の無いミナに俺が逆らえるはずもなく、黙って彼の後ろを歩く。『会議室2』と書かれた部屋にミナは躊躇なく入っていった。

「お、おい!」
「早く来てください。怪しまれますから」

ミナの目に負け俺は『会議室2』に入る。手馴れた様子でミナは電気をつけ、鍵を閉めた。パイプ椅子と机とモニターとパキラが置かれた簡素な部屋で、楽屋とはやっぱり雰囲気が違う。

「手を出して」
「お、う」

ミナは俺の化粧ポーチを手に持っていた。そして中からファンデーションとパウダーを出すと、トラの付けた痕をそれらで消し始めた。

「おま、いつの間に...」
「本当に驚きましたよ。見えるところに、なんて」

満遍なくファンデーションを塗り広げ、ムラなくパウダーを被せていく。「終わりましたよ」と言われて見てみると、化粧が塗ってあるなんて分からないくらい丁寧に仕上がっていた。

「うわすっげえ...ありがと」
「いえ、綺麗になって良かったです」

すげえすげえとまじまじ見ていると「狗丸さん」と声をかけられた。「なんだよ」と振り返ると、ミナがシャツのボタンを外してはらりと脱いだ。

「うお?!」

ミナの下着姿は刺激が強すぎる。なんか見ちゃいけないようなものな気がして...だから水着の撮影の時なんかはいつも必要以上にドキドキしてしまう。
俺は目を手で隠し、「服着ろよ!」と叫ぶ。しかしミナは着てくれる様子も気配もなく「いいから見て話を聞いてください」と怒り口調で言った。
恐る恐る手を退けると、ミナの肩に...俺の腕と同じような痕があった。

「さっき、とても痛かったんですけど」
「わ、悪い...」
「あなたに謝られても、ねえ」
「俺が楽屋にいればこんなことには...」
「やめてください。あなたがどこへ行こうがあなたの自由なんですから...それよりもどうしたんです?最近おかしいですよ、おふたりとも」
「...そんなの俺が一番わかってるし、悩んでる」

年下に気を遣わせて何生意気なことを言ってるんだ俺は。頭の中での自己嫌悪はもちろん相手に伝わらないが、察しの良いミナはその気持ちを理解してくれるからつい甘えてしまう。
シャツのボタンを締めながらミナは大きな大きなため息を吐いた。

「言ってくださった方が良いんですけど。私と亥清さんも...祝福くらい、したいんですから」
「...何を?」
「とぼけなくたって良いんですよ。もうあなたたちを、特に御堂さんを見ていればわかりますから」
「......?」
「御堂さんは隠そうとなさらないし、あなたは隠そうとして空回りしていらっしゃるし」
「.........んん?」
「私から言いましょうか」
「頼む」
「お付き合いされているんでしょう、おふたり」

ミナは笑顔無しでとんでもないことを口にした。それは俺に大声を出させるには充分な衝撃だったし、その声はミナに「うるさいです」と怒られても仕方の無い音量だった。が、ちょうど良く彼の電話が鳴り、不機嫌な顔をしつつ「今取り込み中なんですけど」とミナは電話に出た。
スピーカーにもしてないのに相手の声は良く聞こえてきて、しかもそいつは俺の隣で歌っているメンバーだった。

『巳波!!やばいんだけど!!!』
「何がですか」
『虎於が!虎於が!!!』
「血でも吐きましたか?」
『違う!!あのね!』

トウマと付き合ってないとか言ってる

パーフェクト・デジャヴ。俺はこの空気感を今さっき感じたばかりだし、いやその時よりもは冷静だけど、でも重かった。何を考えているのか自分でも理解不能だが、でもそんな感じなのだ。こんな時なんと言葉にしたら良いのかは分からない。分からないが、間違いなく言うべき言葉があるのは分かった。

「馬鹿かお前ら!!!」




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書き終わった日を下には書いています。未来の私へ。

2021.12.06.

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