小粋な言葉を吐いて断る度量も、体良く宥めて別の提案を挙げる脳みそも無かった。

「じゃあお前の身体を貸せ」
「い、いぜ」

だから付け込まれてしまった。それでも自分が望んだことだ。

あいつは嘲笑的に「プライドの無い女だ」って俺を抱きしめた。全くその通りだと心の中で呟いて、あいつの背中に手を回した。この男は分からないのだ。プライドを捨ててでもここを守りたい俺の気持ちなんて。

〝仮初め臥してやり過ごそう〟好きな音楽の歌詞をずっと反復して目をつぶっていた。

久々にしたそれは大変痛かった。処女のような痛がり方をする俺を楽しそうに眺めてキスを落としてくるこいつを、この時ばかりは悪魔としか思えなかった。






あまい声で俺の名前を呼んで、良いところをゆっくり突かれる。繋がっている手があつい。俺は思わず手を握りしめた。

「痛いか?」

きもちよくて全然答えなんて返せないから、首を横に振る。俺の下にいる男は俺の腰を掴むと、ぐりぐりと弱いところを突いてきた。思わず声を出してしまう。

「なんだ、良いのか」

安心した、と、男は身体を起こして、今度は俺の背中と頭に手を回す。開いた俺の唇を啄みながら、ゆるゆると腰を動かした。腰が揺れる度に良いところに当たって声が上がってしまう。

「トウマ...っ、あんまり煽るなよ」

瞬間、腰を思い切り打ちつけられる。自分のものとは思えない甲高い声が出て、男は満足そうに笑うと俺の唇に喰いついた。俺はもう余裕なんてこれっぽっちも無くて、男のされるがままになっていた。が、彼もけっこう辛そうに顔を歪めていて、その顔も綺麗だな、なんて頓狂なことを考えながら、男の胸元に顔を埋める。

「...ッ、トウマ、顔が見えないだろう」

だらしない顔を見られたくないから隠したのを悟ってくれず、顔を起こされる。

「顔が赤いぞ」

男と目が合い微笑まれた俺は、もうどうしようもなくて、繋がっている部分がきゅうっと締まる。男もそれを感じたのか「ここが良いのか?新しいな」と緩く突いた。

「ちが、くて、っ」
「何が違うんだ?」
「余裕ないの、もう」

お願い

喘ぎ喘ぎにそう伝えれば、わかったと頷かれて動きを速められる。必死に彼にしがみつきながらなんとか意識を飛ばさないように気張って、男に身体を預けた。

ピストンと同じリズムで刻んでしまう声にものすごい羞恥を感じるが、もうそんなことは今更の話なのだ。それよりももっと恥ずかしいことを今しているし。しかしそれでも、この羞恥は消えない拭えない。多分一生こいつとこういう過激なことをする度に恥ずかしさは込み上げるのだと思う。

「ひあ、ッ...!」

俺はへたへたと男に凭れこんだ。男は腰を奥に打ちつけ、ゆるゆると二、三度動かし止めた。そしてへたり込む俺の頭を撫でると、そのまま寝転んで俺に片腕を差し出した。
まだ達した余韻に浸っていたかったが、そうしている余裕はなかった。主に心の。早く帰らねば。さもないと落ちてしまう。...もうほぼ落ちかけているけど。

「...なんだよ」
「うでまくら、というやつだ」
「いいよそんなの...つか、早く抜けや」
「つれないな。さっきみたいに可愛げを見せたらどうだ?」

何も答えずに無理矢理彼のを抜こうともがく。が、両腕で身体を閉じ込められてしまった。

「まだ出るなよ。夜は長いぜ」
「長いかもしれないけどもう十一時だ。俺は家に帰って早く寝たい」
「ここで寝ていけば良い」
「明日の服ねーもん」
「...それは問題だな」

この男、二日連続で同じ服を着るという発想がないから良い。潔癖症なわけではなく、ただ単純に育ちが良いからこういう考え方に頭の回路が出来ていないのだ。かわいい奴だと思う。俺は自分の貧乏性(?)に助けられた。

「あとさ、まじで早く抜いてくんね?カピカピになったら抜く時痛くなっちまう」
「...」
「おい拗ねんなって。良い顔が台無しだぞ」
「...顔は常に良い」

男は渋々と俺を解放して、反対を向いてしまった。こいつ俺よりも年上のくせしてなんでこんなにガキっぽいんだろう。

あちらこちらに飛んでいった服を拾い集めてベッドに置く。歩く度に腰がじんわり痛気持ちくてとろけてしまいそうになる。とりあえず下着だけつけて、拗ねてそっぽを向いている男の前に立つ。男は目だけで俺を見ると「フン」と目を閉じた。

「トラ、じゃあまた明日な」
「...」
「トラ」
「......モテないお前に教えてやろう。この場でするべき行動はな、黙ってキスをしてごめんと言うことだ。それだけで相手の機嫌は良くなるし、これからの関係もより一層深くなる。まあ、俺相手じゃあ効かないがな」
「いつか恋人ができたら実践するよ。ありがとな」

今度は目を開いて静かに睨みつけてくる。一体今の何がまずかったんだ。一番彼が傷つかないように言葉を選んでいるつもりなのだが、いつでも俺は間違っている。と、トラの反応を見ていると思う。

「じゃあ、な」
「今実践してみれば良いだろう。効果があるかもしれない」
「...は?」
「ほらしてみろ。早く」
「お前今、自分には効かないって言ってなかったか?」
「練習だ。唇を貸してやる」

言ってることがめちゃくちゃだ。俺は溜めた息を吐いて「しない」と言った。

「はあ?せっかく俺が貸してやるとまで言ってやっているのに」
「自分を安売りするな。そんなファーストフードみたいなお手軽人間で良いのかお前は」
「相手は選んでいるつもりだがな」

その選ばれた女の中に俺も含まれるのか、と思ってしまったら負けだ。期待してくれるなよ、俺。落ち着いて言葉の意味を考えろ。少ない脳みそで本質を理解しろ。

「こんなこと、お前にしか言わないが」

ヒントが来た。しかし意味がわからない。こいつは自分が喋った言葉で沈黙を作られるのが大変嫌いらしく、ただでさえ機嫌が悪い今もっと不機嫌になられても堪らない。

「.........どういうことだ、それ?」

結局出た言葉がこれだった。言葉の探り合いとかそういうこと、苦手なのだ。
トラは俺よりも遥かにデカいため息をついて「馬鹿か...」と呟いた。馬鹿で悪かったな!とカチンと来たが、事実なので言い返せない。

「わからないか?」
「あ、ああ」

腕を握られて、じっと見つめられて、俺は思わずうろたえる。...と、途端に鼻の奥がむずむずし始めた。トラの真剣そうな言葉を聞かなければならないから我慢する。

「初めて会った時こそ騒がしい女だと思ったが────」

トラはお経みたいに息継ぎもせず一気に何か語り始めた。早口で進められるそれは主に、というかほぼ、というか全部俺の悪口で、なんだか自分が情けなくなった。ピロートークで文句を言われ、そしてそれに言い返せず立ち尽くす俺。切ないがすぎる。鼻のむず痒さも最高潮に達そうとしていた。

「ェークショイ!」

達そうとしていた、じゃない。もう達した。
近年稀に見る大くしゃみ。四、五歳の時に別れた親父が鼻毛を抜いた時と同じような音のでかさと声。懐かしささえ覚えた。親父と俺はやっぱり血が繋がっているのだと感心までしてしまった。もう全然会っていないけど。

「なんだその色気のないくしゃみは!手で押えろ汚い!!」

トラはまたくどくど怒り始めた。つかこいつこんなキャラだったっけ。どっちかっていうと俺の方がこいつを叱る場面が多いんだけど。...てか待てよ。俺なんで今こんな言われてんだ?

「聞いているのか人の話を!」

お前にだけは言われたくねえ!そのセリフは常に俺がお前に言いたいことだ。
キレ症なのは母親そっくりだ。一気に怒りのアクセルが踏まれる。

「だらだら話が長えんだよ!結論から先に言えインテリ!」

帰る!俺は服の裏表も見ずに着て、クラッチバッグを持って玄関に向かう。...またやってしまった!こんな風に喧嘩別れをしたいわけではないのだ決して。俺はこの、自分の気質が嫌いだ。売り言葉に買い言葉で勝手に相手を怒らせてしまう自分が。明日会ってまた気まずい思いをするのも嫌だし、他のメンバーに気を遣わせてしまうのも嫌だ。でも、一番は何よりも...トラと喧嘩してしまうのが嫌だ。これ以上仲だって拗らせたくない。

「待て!」
「なんだよ!」

振り返るともちろんトラがいて、偉そうにふんぞり返っていた。なんでこいつこんな偉そうなんだよ、と思うがこれがこいつなのだから仕方がない。

「最後まで話を聞け!」
「嫌だね!今お前の話を聞いてたらぶん殴っちまう」
「ッ、トウマ...」

目の色を変え、捨てられた猫のような表情が作られる。こいつまた演技の幅を広げたな、すげえ、と全く関係の無いことを思ってしまうくらいに、トラの顔も声も〝必死〟を表していた。

「な、んだよ」
「お願いだ、行かないでくれ」

頼むから そう言って俯かれては困る。...絆されるなよ俺。耐えろ堪えろ。ここで言うことを聞いてしまえば、タガが外れてしまう。
俺だって出て行きたくはないし、もっとどっぷり気持ちの良いセックスの余韻に浸っていたかった。けど、そういうことができる間柄になってはいけない。分かってくれよ。
それにこれは間に合わせの関係なのだ。本気ではない。ひとりにしか発散できないから依存してしまっているだけ。それも分かってる。分かってるから。

「俺の服を貸す。スキンケア用品もそれなりに良いのがある。化粧品はお前が持っているだろうし、問題になることはひとつもない。そうだろう?」
「...」
「朝食もパンとチーズとハムがある。サラダも作り置きされている。米が良ければ炊くこともできる。味噌汁を作る材料だってある」
「...」
「だから...」
「...無理!無理だから!」
「......こっちが提案をしてやっているのにその態度...!」

もう知らん!声色を荒くして彼は叫んだ。彼の機嫌を損ねると面倒くさい...ということだけではなく、彼にこれ以上嫌われたくない。そんな想いもあるから俺は謝ることしかできない。

「......ごめん、ごめんな」
「謝るくらいなら傍にいろ」
「それは...」
「俺は本気だ。本気で言っているんだ」

俺にとって都合の良い言葉を吐かないでくれ。何も言えなくなってしまう。
トラは俺の言葉を待ってくれているみたいだった。どの言葉を紡げばこいつに嫌われないだろうか、と考える。が、分からない。逃げの言葉を言えば頭の良いこいつにまたいつか付け込まれるだろうし、俺もこのことに関しては妥協できない。

「...でも、無理。ごめん」
「わかっていたさ!クソ!」

トラが汚い言葉を使う。自分がそうさせてるんだと思えばときめいてしまう。我ながら変な癖を拗らせていると苦笑いだ。
トラは恨めしげに俺の顔を睨む。右手の拳がぶるぶる震えているのが分かる。堪えているんだ、こいつも。

フーーーーと長いため息を吐かれ、右手の拳が解かれる。その手が伸びてきて俺の頬に触れた。大袈裟に肩が跳ねる俺に一瞬くたびれた笑顔を向けてくれたが、すぐに不貞腐れた表情に変わる。

「...お前が他の女の代わりをすると言ったんだろう。その役目くらい果たせ」

勘違いしてしまいそうな俺を現実に引き戻すのはいつだってこの言葉だ。目から出てきそうになるアレを必死に抑えて、俺は彼の首に手を回した。かくんと下がって近づいた良い顔に、俺は背伸びをして唇を当てる。

「ごめん」

ぽかんとするトラを後目に履いてきたヒールをつっかけていそいそと外に出た。そして早足でエレベーターに乗り込むと、1のボタンを押した。壁に寄りかかり力なく俯いた。さっきまであいつによって揺らされていた腰が甘く痛んだ。

「つらい、けど」

それでも良い。どうしても繋がっていたいのだ。だから好きでもないああいう行為だって我慢できる。...トラとのは良すぎるけど。
俺の気持ちなんてこれっぽっちも知らないトラは、普段あいつが他の女の子にするように、俺が欲しい言葉をたくさん囁いてくれる。そのサービスが俺はとても嬉しいが、残酷でもあった。

人に対してこんなに没頭するのも、セックスをして気持ちが良いと思うのも初めてなのだ。だからあいつからの終了通知が来るまでの間だけでも、真昼の夢を見させてほしい。


エントランスについたエレベーターが静かにドアを開ける。深夜0時の空気がおセンチな今の俺の心をつきりつきりと刺し始め、俺を殺してしまおうと頑張っているようだった。全部錯覚ってこともちゃんと分かっている。俺はまだ大丈夫だ。


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久々の投稿だし新年初投稿だ!虎トウ♀を寄越しな!!!


2021.01.05.

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