「今日はラーメンです。チンピラさんがおすすめしてくれたインスタントの」

同じ器に盛られた麺を見比べてみると僕の方が量が多い気がした。いただきますとすぐ手を合わせる彼女を見て自分も真似て手を合わせる。これに何の意味があるのだろう、自分には分からない。器用に麺を啜る彼女を見ていた僕は早く食べないと麺が伸びちゃいますよと注意される。麺が伸びる、ということを初めて知った。

詐欺師との生活はこれまで生きてきた中で最も退屈な時間だった。とにかく刺激がない、雨の日外に出ると怒られるし。でも楽しい。それを詐欺師に伝えたらそれは平穏って言うんですよ、と教えられた。

「殺人鬼さんは刺激が強すぎることを毎日したり考えたりしていたみたいですから、多分平穏って日々に慣れていないんです。退屈イコール刺激がないことって感じているわけですし。それに退屈だったら楽しいなんて思いませんよ」

薄い茹で肉を口に運んで詐欺師は言った。僕も同じものを口にする。柔らかくて意外にも辛い濃い味で思わず咽せ返る。詐欺師はお水お水!と急いでキッチンから水を持って来て僕の背中をさする。大丈夫ですかって声に何度か頷くが咳は止まりそうにない。しかしそれでもずっと詐欺師は僕の傍に居てくれた。
やっと咳が治まると水を差し出され、ゆっくり食べてくださいねと席に戻った。

「食事中に水を飲む習慣、私もですけど身につけないとですね」

ご馳走様でしたと手を合わせる彼女を真似ようとする。しかしこれは食事が終わったあとにする、ということをこの二ヶ月の生活で知っていた。手を合わせようとするのをやめる。自分の食べた皿を彼女はキッチンに運ぶ。いつも通り洗うのかなと見ていたら、予想外にも詐欺師はこっちに戻ってきて定位置に座った。

「私のことは気にせずお腹いっぱいになるまで召し上がってください。残しちゃっても大丈夫ですよ、普段よりも量多めによそってしまったので」

ゆっくりで良いですから 詐欺師はさっき見ていた本を取り出して、ぺらぺらとめくる。全面に料理の写真が貼りついている本は僕の知っている本とは全然違った。
明日はこれにしようかなーとひとりごとを言いながら機嫌良さそうな彼女を見つつやっと慣れてきた二本の棒を酷使して麺を挟んだ。




「わ、すごい。完食ですね。美味しかったですか?」

手を合わせると詐欺師は器を見て拍手をする。満腹を少し超えてお腹が痛くなってしまった僕は椅子から降りて床に寝転んだ。かろうじて美味しかったよとだけ答えて目を閉じる。げぷーという音が自然と口から出た。ラーメンの味が戻って気持ちが悪い、しかし詐欺師に心配してもらえるので悪くはない。

「やっぱり量多かったですよね...大丈夫ですか?吐き気とかしません?」
「大丈夫だよ。でも少し眠い」
「それならソファに行きましょう、床だと体バキバキになっちゃいますから」

詐欺師に支えられて少し離れたところにあるソファへ歩く。黒色のソファは全然自分の好みではなかったけれど、ふかふかな感じはマシュマロみたいで好きだった。それに置かれているクッションからは詐欺師の匂いがするし。彼女が実家というところから持ってきたクッションは猫の形で抱き心地が良かった。今日もそれを手に取り寝転ぶ。

「食器洗ってお風呂先に頂いちゃいます。私が出てくるまで、というか私がここの部屋にいなかったら絶対に洗面所のドア開けちゃだめですからね!」

殺せない君の裸には興味無いよ、喉まで出かかった言葉は何故か声にすることができなかった。黙った僕に彼女はあの日と同じように黙らないでくださいよと冗談まじりに笑ってくれた。




「全部お金出すから詐欺師のところに住まわせてよ」

無理ですという言葉を五十回は聞いた。嫌ですよって言葉はそれ以上に聞いた。でも毎日会ってお願いしたら、ようやく受け入れてくれた。私の夢のひとり暮らしが...!と嘆く彼女にやったー!と抱きつけば、やめてください!と怒られる。詐欺師はあの時丁度部屋を決めている最中だったようで、タイミングが良いといえば良かった。しかし部屋はもう決めていたらしく、気に入ってた部屋だったのにってちょっと泣いていた。だけど彼女の住む予定だった家は今一般人の彼女が住むには危険そうに見えた。運び屋や喧嘩屋程度を怖いって言うような人間はあそこには住めない。
もう今の時期安くて良い物件ないですよと全然部屋を決められない詐欺師に、じゃあ僕の借りてる部屋来る?と訊いたら殺人鬼さんお家あるんですか?!と驚かれた。

「だって...だって住まわせてって!」
「家が無いなんて言ってないよ〜」
「じゃあなんで私のところに住みたがるんですか!?」

その質問には答えられなかった だって自分でもその理由が分からない。彼女の小さくなってしまった赤い輪に魅力を強く感じているわけでもないのに、何故か自分は詐欺師と離れたくなかった。もう疲れましたそこで良いですと公園のベンチで目を擦る詐欺師にまた抱きつく。今度はアクションを起こされず、彼女は僕のされるがままになっていた。ちょっと前まで嫌がっていたのにどうして今は僕に抱きつかれているのだろう。そして自分はどうしてこんなに動揺しているのだろう、自分は何も分からなかった。

彼女との生活はとても退屈だ、しかし分からないことだらけで常に思考を止められない。彼女といる時間の殆どは僕と違う人の言う〝普通の生活〟であるらしい。人を殺して赤を見ることが好きだったけど、こっちの生活にも興味が尽きなかった。大きな箱みたいな建物(スーパーというらしい)は寒いところとそうでないところがあって、冷凍コンテナに外にあった死体を運び入れて出してを繰り返していた時を思い出させた。こんな場所が普通の人が過ごす場所にあるのかと驚いた。スーパーにはマシュマロだって際限なく置かれている ように見えただけだけで、実際は有限だったのだけれど。置かれているマシュマロをカゴの中に全て入れればそんなに入れちゃだめです!一つにしてくださいお金足りませんからと声を潜めて言う彼女の言葉の意味が分からないながらも従った自分も不思議だった。詐欺師は俺にすっっごいお金持ってるんですねって言っていたのに。数の多いマシュマロはどうやら値段が高いらしい。他にも服が売っているお店で、家で着る服というものを購入した。家で着る服?外と家でどうして服を変えなければいけないのか。分からなかった、後々に理解できたのだけれど。そもそもこの部屋をあまり使ったことがなかった。基本自分は外で生活をしていたし、お腹が空いた時はカフェにいた。風呂はオーナーに言われた時しか使わなかったし、それもカフェで済ませていた。詐欺師との生活では風呂に毎日入る。バスタブに湯を張って気が済むまで沈んでいられた。そして体を詐欺師の匂いが少しする石鹸で洗ってふわふわのタオルで体を拭く。裸のままこの部屋から出ると怒られるから服を着る。ここで買った服を使う。軽いペラペラの服は自分の身に馴染んでいないような気がしたが、いつも着ている服を着て寝転ぶよりもよっぽど楽な気がした。それですよそれ、詐欺師は僕に言う。家に居る時くらい楽でいたいじゃないですか、だから服を変えるんです。ずっと同じ服を着ていたら外と内の区別がつかなくなっちゃって頭が混乱してしまいますから。衛生的な問題もありますけど 彼女はそう言って僕の髪を乾かす。髪を乾かさないと風邪ひいちゃいますし酷い寝癖になっちゃいますから。ドライヤーで乾かす音が耳障りだったけど、その中から聞こえる詐欺師の鼻歌は耳触りが良かった。




「詐欺師さんお風呂良いですよ」

彼女の声で目を開く。濡れた髪の彼女がマシュマロみたいなタオルを首にかけて立っていた。短い髪にはこぼれそうな雫がいくつかあった。雫は落ちるとタオルに吸収される。彼女の清潔な匂いを嗅ぐと自分のラーメン臭い体が嫌になってきて、起きてソファからの脱出を試みた。しかしふらつく足が立ち上がった瞬間に僕のバランスを崩した。あ、転んじゃう 別に良いけど。そう思ったのと同時に危ない!と詐欺師の声が聞こえた。

「いたた...大丈夫ですか?」

僕が足をもつれさせた時、避ければ良いのに彼女は退かず前のめりになる僕を体で受け止めようとしたらしい どうして?

「支えようと思ったんですけど私には難しかったみたいです。助けようとしたつもりが...逆にすいません」

彼女は不思議だ、これは何度も思っていることである。心臓が強く音を立てて痛い。彼女と距離の近い顔が風呂から上がったばかりの彼女よりも過剰に熱い気がする。

「さ、殺人鬼さん...重いのでどいてください、殺人鬼さん」

彼女に呼ばれて意識を彼女に向ける。薄桃の頬濡れた髪橙の唇潤んだ明るい瞳────全部駄目だ、本当にいけない 何故そんな風に思ったか分からない。僕の体は彼女の瞳を認識した瞬間飛び跳ねた。どうして?彼女も不思議そうに首を傾げている。分からない、本当に分からないことばっかりだこの子との生活は。

部屋を出て洗面所の扉を開く。すぐ服を脱いで洗濯機に入れて浴槽に飛び込んだ。頭も湯の中に沈める。昔みたいに溺れてしまいたかった。呼吸ができなくなって何の欲求も考えられなくなるように 頭を押さえつけられたかった。しかしそれは叶わない。僕をそうしてきた奴は赤い輪と一緒に消してしまったから。とても綺麗だった、消してしまってから今までその瞬間を思い出すことをしなかった。だってそのあと悲しかったんだ。ずっと忘れていたけど悲しかった。それなのに同じことを二回した。僕は前に二度した後悔を彼女にしようとしている。それは確かに幸福だ しかしどうしたって自分は彼女を損ないたくない。この乱れた心は何なのだろう 分からないのは不思議なのは彼女の筈なのに。自分の中で最大級に理解できないことだ、これを早く知りたい。

湯の中で自分は絶叫していた。しかしそんな声も水の中からではただの密かな雑音であることを自分は知っている。




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2022.06.21.

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