中途半端な甘い夢をかじったせいで抜け出せなくなった。いつの間にか病みつきになっている呆れ顔にも伸びてきた短髪にも全てを手に掛けて自分だけが幸福で居たいのに そんな些細な欲求も彼女は満たすことはできない。彼女は僕を幸せにできない。それでも自分は彼女の隣に何故か身を置いている。「何を考えているのか分からない」と散々言われ続けた自分が初めて自分でも何を考えているのか分からなくてずっと頭に疑問符を浮かべる毎日。もっと欲に素直だったはずだ自分は、それなのに彼女の一挙一動に惑わされている。

彼女の上がらない口角を指で上げてみる片方だけ。邪魔しないでくださいと細くて柔らかい指で僕の指が包まれる。彼女のコードネームを呼べばお腹すいちゃったんですかと全然見当違いなことを言われて、思わず笑った。

首にまた爆弾を着けたい そうしたらすぐ無理矢理外すのに。赤が見られるからきっと幸せになれるよ全人類、しかしこの瞬間をずっと過ごしたいと思っている自分がどうしても不安定だった。

彼女は立ち上がる。もう夕飯の時間ですもんねってキッチンへ向かった。自分なんて一週間くらい何も食べなくても平気なのに この子は僕を人間扱いしてくる。温かい食事を毎日食べられる生活になれる慣れることなんて前世から想像しなかった。




「殺しちゃってごめんなさい、ずっと謝りたかったんです」

今世で生を受けて二十七年間意識は五十四年間 彼女への殺意だけでこの二十七年は生きてきたのに。色のない液体をぼろぼろ流して自分に縋りつく彼女を見て興が削がれていったのを覚えている。やっと会えたと気持ちの良い声で騒ぐ彼女の吐息がかかる首元がやけに熱かった。




「会える予感はあったんです実は。他のアクダマの皆さんに最近会えたので」

まず運び屋さんに会って、それから喧嘩屋さんハッカーさんお医者さんチンピラさんって順番に。ハッカーさんとお医者さんには同じ日に会ったんです。乗った電車の隣の席に座ったのが学生服のハッカーさんで、その電車から降りて向かった病院の先生がお医者さんで。二人と連絡先を交換したかったんですけど、ハッカーさんは未成年だしお医者さんはお医者さんだし連絡先聞きにくくって。そしたらお医者さん無愛想だったのに診察終わったら名刺くれたんですよ。で、ハッカーさんは私のSNSをフォローして連絡してくれたんです。私ハッカーさんにSNS教えてないのに見つけられてちょっと怖くなっちゃったんですけど...でもそれに前は助けられてたしなーって感謝することにしてるんです。

久々に会った彼女は僕の殺意になんて気づかずお話しましょうって僕をカフェに誘った。それに同意して彼女についていけば、僕がいつも仕事をもらう時に行くところだった。なんの気無しに足取り軽くカフェに入る彼女を見て、もしかして彼女は今世僕たち側の人間じゃないのかななんて柄にもなく考えたりした。僕がカフェに入ればちょっと騒がしくなってしまったけど、オーナーがいつも通り個室に案内してくれる。注文にわざわざオーナーが来て、彼女に悟られないように仕事かと耳打ちした。ただのプライベートだよと普通の声量で答えれば彼女は首を傾げた。オーナーが注文を受け戻ったあと、お知り合いですか?って訊かれたから僕が仕事を受ける場所なんだとありのままを伝えれば、大きな声を上げて頭を抱えてしまった。

「運び屋さんと喧嘩屋さんにはここで会ったんです、学生の時から気に入って使ってたんですけど...運び屋さんにまだ懲りずにやっているのかって呆れられた理由が今わかりました」

ため息と嘆きの声ばかり吐く彼女の頭上にはあの時と同じように赤い輪っかが見えていた。さっきまでは居場所が分かるくらい大きかったのに、今はこの子の頭回りと同等のサイズに退化している。それでも赤は鮮烈で見ていて気分が良かった。

マシュマロと彼女の頼んだ紅茶が届けば、マシュマロやっぱり好きなんですねと弾んだ声で言われた。思い返せばこんな風な言葉を前は彼女から向けられたことがなかった。自分から好意的な言葉を向けてもこの子はそれに苦い顔しか寄越さなかったし、僕が助けても平手打ちしか貰えなかった。僕が欲しかったのはそんなものではなかったのに。この子を僕は怖い時があった。僕にだけ笑ってくれないところとか、僕にだけ罵ってくるところとか 思い出したくないものが頭に過ぎって仕方がなかったけど、そういう時には赤い輪を見て高揚感で蓋をしていた。

「好きだよ。フカフカで小さいからずっと食べられるからね」
「マシュマロおいしいですけど食べ過ぎると頭痛くなりませんか?甘さで」
「いつも血を含ませて食べてるから気にしたことなかったな」
「き、聞くんじゃなかった...!!!」

少しの無言の時間のあと、ぽつりぽつりと話される彼女の話を聞いていた。僕と会える予感から始まった話は、他のアクダマに出会った話を経て彼女の近況報告へと結ばれる。僕とは違う世界の話であまり興味が惹かれなかったが喋っている彼女を見るのは何故か楽しかった。

「あ...私ばかり話していてすみません。殺人鬼さんは今まで何をされていたんですか?」

久々に呼ばれた名前に胸が騒めいた。自分の今まで持っていた名前がその機能を停止させてしまったみたいにその言葉が身と耳に馴染む 不意に何かを思い出してしまいそうな感覚を覚えて心臓が痛くなる。しかしその痛みは非常に微細なものだった。針で指先を刺すよりも軽い痛みを自分は知らなかった。
もう一度名を呼ばれた目を上げると、大丈夫ですかと戸惑った声が続けて聞こえてきた。ぼんやりしていただけだよと答える。それなら良いんですけどって煮え切らない返事が返ってきた。

「僕の話なんてつまらないよ。詐欺師の話がもっと聞きたいな」

詐欺師、と呼ばれて彼女は肩を少し上げる。それから困ったように笑って、そういえば私詐欺師でしたねと呟いた。詐欺師は詐欺師のはずなのにどうして眉を歪めるのだろう、自分は何か彼女を傷つけるようなことを言ってしまったのだろうか。僕のことだってそのテクニックで騙して殺してきたくせにね、その前に騙そうとしたのは自分だけど。
あの時本当に仲直りできていたら僕たちは、と考えることが何度かあった。本当に何回かだけだ、片手で数えられる程度だったと思う。まだ自分が保護されている時の話。身体が小さくて貧弱だったから殴られてばかりだった頃、水の張られたバスタブに溺れている時にそれをよく考えた。死なないことは分かっていた 前もこうされても死ななかったし、それに詐欺師に会えてなかったし。
しかしこれにより確定したことが一つある。自分の余命カウントはこれからだってこと。今までは絶対に死なない予感があった、それは詐欺師に会っていなかったからという単純なものだったけれど。それでも自分の迷信は当たっていたのだ。

「そういえば殺人鬼さんって今も殺人鬼なんですか?って、今更の話ですね。運び屋さんたちもみんな同じ職業?みたいだったので殺人鬼さんも同じかなとは予想してたんですけど」
「ちょっと違うかも。前は自分の好きに人を殺してたけど、今はそれでお金を稼いでるんだ」
「そ、それって殺し屋ってことですか...?」
「そうなるのかな?自分でも良くわかってないんだ」

詐欺師は苦く笑ってカップに口をつけた。前と変わらない唇の色は鮮烈さのないつまらない色だった。もっと赤い色にすれば良いのに でもこの子の唇が赤くなったところで頭の輪の色の方が魅力的だから多分自分は興味をすぐ失ってしまうのだろうけど。

「実はさっき詐欺師のことも殺しちゃおうと思ったんだ」

カップを置いた彼女はまたまたご冗談をとけらけら笑った。本当なんだけどな。僕が無言でいると、ちょっと無言やめてください怖いじゃないですかと声色を変えて言う。

「今も詐欺師は綺麗だよ」

心からの言葉をそう伝えれば彼女は飛び上がって頭の上を手で隠した。その動きが滑稽で、僕も彼女を真似てけたけた笑う。こんな風に笑ったのは初めてだった。この笑い方はとても愉快な気分になる。楽しいから笑うはずなのに楽しくなりたいから笑うような感覚が沸き起こって頭に靄がかかりそうだ。それが嫌で別に訊こうと思わなかった小さな疑問が口から出た。

「そういえば僕が今も殺人鬼っていうのを知ってたのに怖いなとか思わなかったの?」

彼女はもともと丸い目をますます丸くして、それからまた笑った。どうして笑うのと首を傾げればだってと息を吸う。

「殺人鬼さん、初めて会った時も私のこと殺さなかったじゃないですか!でも言われてみればそうですよね。なんで私怖いって、殺されるって思わなかったんだろう」

不思議だなあと右の目元を左指で拭う彼女に目を奪われる...あれ、どうして?どうして自分は今、輪じゃなくて詐欺師を見ているのだろう。指の背に染みついた液が薄い夕焼けに似た色の光に照らされて静かに白く発光している。それをそばにあった白い紙で拭って丸めて 僕はどうして彼女の一挙一動を見つめているのだろう。心臓の動きが心なしか早く感じる。別に走ったり興奮したりしていないのに。

初めて殺人鬼さんから答えられる質問された気がしますと嬉しそうな顔 やっぱりそれに自分は目を奪われていた。




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ちょお中途半端ってかこいつ頭の中でどう構成して話を書いているのかわからない、でもキリ良いから私の中で。
一生懸命書いて四千文字いかない絶望が心痛くする なぜか支部に上げたいって欲があるからあと六、七千文字書きたいなんとか飽きずに頑張れこてんちゃん未来は明るい!

2022.06.15.

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